ぜったいに間違えない完全無欠のパーフェクト性格診断

ちびまるフォイ

性格診断で性格死んだ

『これはあなたの人生を決める大切なテストです。

 嘘偽りなく、直感で回答を進めてください。』


□知らない人が多い場所は苦手だ


□夢中になると周りが見えなくなりがちだ


□部屋はきれいな方だ


□人前で話すときにあまり緊張しない


□どちらかと言えば聞き役だ


□新しい趣味を始める前には道具を揃える


□たまに他の人がバカに見える時がある


□時間が守れない人は苦手だ


□休日は出かけることが多い


□間違っていることは正す必要がある


===================


チェック項目を埋めていく。

その後で、名前を直筆で記入して鑑定機へと回す。


立ち姿と座ったときの足の開き具合。

顔のパーツの配置と話すときの声の抑揚が分析された。


ここでは20歳になると「成人検査」と呼ばれる

この手の性格診断が行われる。


検査が終わるとすっかり体が重く疲れていた。


「どうだった?」

「どうって、まだ結果はわからないだろ」


「はぁ~~。どうしよう。自分の適性がパイロットだったら!」


「俺はそれよりも診断マッチングで

 ブスと結婚することになる運命だけは避けたいよ」


「きっとそれ、同じことを相手も思ってるだろうな」


成人検査の結果は1週間後に送られてくる。


昔は「夢」や「憧れ」とかいうふわふわしたもので

自分の人生の道筋を決めてしまったりしていたらしい。


今じゃあらゆる自分の性格を診断してもらって、

自分に向いていて、人生を充実させる道筋がわかるようになっている。


社会もなにも知らない小学生に「将来の夢」など書かせることはなくなった。


「結果が楽しみだなぁ。早くこないかな」


来たるべき自分の未来がどうなるのか楽しみでならなかった。

郵便配達のバイクの音が近づくたびにドキドキした。


1週間経っても、2週間経っても結果は来なかった。


家にやってきたのは黒ずくめのスーツの男だった。


「診断の結果、お前は犯罪者適正が高いと出た」


「は!? え!? 俺が!?」


「お前を外で野放しにするわけにはいかない。来てもらおうか」


「待ってください! なにかの間違えでしょう!?

 ちゃんと再検査してくださいよ!!」


「したさ。何度も何度も再検査した。

 しかし、結果は変わらなかった。お前は犯罪者なんだ」


「そんな馬鹿な……!」


抵抗できないまま車に乗せられて真っ白い病棟へと連れて行かれた。

病棟には沈んだ顔をした人たちが隔離されていた。


あらゆる持ち物を奪われ、同じ服を着せられ、丸刈りにされて病棟へと放り込まれた。


「まるで監獄じゃないか……」


格子がはめられた窓を見て、もう外を出歩けないのかと絶望した。

鉄格子の向こうの部屋には別の人が入っていた。


「あの! ここから出る方法はないんですか!?」


「ねぇよそんなのは。ここは刑務所よりも脱獄が難しいんだ。

 欲望に駆り立てられて実行した直情的な奴らよりも、

 冷静で計画的な犯罪者診断者のほうが危険なんだからな」


「危険って……俺はまだ何もしていないのに……!」


「でも、お前も診断結果は犯罪者なんだろ?」


「"お前も"ってことは、おじさん……あなたも?」


「ああ、もうここに来て30年になるよ。

 若い頃はそれでも外に出ようとしたものさ」


「そして、どうなったんですか」


「捕まるたびに"ほらやっぱり"って顔をされるんだ。

 診断結果が正常だと言わんばかりにな。

 オレぁ、こんなところに閉じ込められてなければ、出ようともしないのに」


警察に追われるから反射的に逃げてしまう。

それは誰だって同じような気がする。


「あんな……ちょこっとのチェックリストで、

 俺のなにがわかるっていうんだ……くそ……」


どんなに正しい性格診断でもそれは診断でしかない。

文字のクセで自分の未来も決めつけられるなんて。


「坊主。ひとつだけ出る方法はある。それもまっとうな方法でな」


「本当ですか!?」


「30歳になるまでの10年間。ここでは1年に1度再検査が行われる。

 犯罪者傾向がなくなれば張れて外に出られるんだ」


「それを先に言ってくださいよ!」


「もっとも、10年……つまり10回試験でパス出来なければ、

 犯罪者傾向が確定されて一生ここにいることになる」


「一生……この檻の中に……」


なんとしても性格診断再検査を通る必要があった。

1年目、最初のチャンスが訪れた。


「それでは再検査を始めます」

「お願いします」


チェックリストの項目は見覚えのあるもの。

きっと自分が犯罪者というのは間違いに決まっている。


別の機関でちゃんと再検査してもらえれば、

自分が正常であることはきっとわかってもらえるはずだ。


数日後、結果が自分の部屋へと送られた。


「なんでだよ……なんで犯罪者なんだよ!!!」


「君は人を操ろうとする性格傾向が見られ、

 自分の欲望に忠実でありたいと考える傾向がある。

 それは犯罪者に87%共通する性格傾向だ」


「それじゃあんたは包丁を買う人が

 全員人殺しに使うって決めつけてるのと一緒だ!!」


「ではこの性格診断を行ってから犯罪件数が

 いったいどれだけ減ったのか君は知っているのか?」


「それはっ……」

「結果は以上だ」


しばらくは食欲も出ないほど落ち込んだ。


ここの病棟にいる人達の顔が沈んでいるのがわかった。

みんな自分自身を否定されて、自信を失っていたんだ。


「坊主。おい坊主」


「……はい?」


「結果は?」

「この顔見てわかりませんか……」


「そうか。変に期待をもたせてすまなかったな」


「おじさん……ここを出れた人はいるんですか?」


「いない。正常な人間であるという証明は

 異常であることを証明するよりもずっと大変なんだ」


「それじゃ正常ってなんですか!?

 診断している奴ら全員が異常だったら

 そいつらの目には俺が異常だと思われるんじゃないですか!?」


「落ち着け! 騒げばお前の内申点が下がるだけだ!」


「人格も否定されて、未来も閉ざされて!

 紙っぺらごときの性格診断で何でもかんでも決められて!

 こんなことするほうがずっと異常ですよ!」


悔しくてその夜は眠れなかった。


いくら自分のどこが異常なのか。

まっとうな社会で生きるべきではないのがどこか。


あらゆる部分を探してもわからなかった。

「お前は犯罪者」だと診断されるほどに、

自分はそうなんじゃないかとすら思えてくる。


「ちくしょう……俺は……普通なんだ……!」


その後も検査を受け続け、結果は変わらなかった。

病棟の生活にも慣れというより調教された。


湖面のように静かな毎日だけが延々と続いていた。


しだいに自分が正常であるという証明欲求は削り取られる。


(ああ……こうしてゆるやかに人間性を失うんだな……)


ぼーっと空の雲を眺めながらふと思った。


「おい、31番」


「あっはい」


「性格診断検査だ。今年も受けるのか?」


「ああ……」


毎年果敢にチャレンジした性格再検査だった。

断るのもダルくてなんとなく、惰性で受けることにした。


見慣れた問題とデジャブすら感じられる解答欄。

今まで自分が繰り返した回答は体に染み付いている。


いつもどおり回答しようとした手がぴたりと止まった。


(もしも、いい加減に埋めたらどうなるんだろう)


異常ではないと証明するために真面目に回答していたが、

それだと犯罪者になるのでテキトーに埋めれば結果はどうなるのか。


"犯罪者が頑張って正常なフリしましか"的な結果になるのか。


検査をテストするようにふざけて目をつむりながら回答した。

結果は返されなかった。


その代わり病棟長への部屋に呼ばれた。


「あの……俺、なにか怒られることでもしましたか?」


「いいや。君の診断結果が出て犯罪者傾向がなくなったんだ。

 おめでとう。君はここから出られるんだよ」


「ほ、本当ですか!?」


「この病棟での更生プログラムの成果だろうな。

 外に行っても頑張るんだぞ」


「はい!!」


光を失っていた瞳にみるみる生気が満ちていった。

あの回答が本心ではないにせよ、外に出られたのなら問題ない。


俺が正常であることは接した人にならわかってもらえるのだから。


外に出るとすぐに自分の元へ就職以来の連絡が舞い込んだ。

どれも性格診断の結果を受けて適正が高い会社からだった。


「あ、IT企業!? こっちも、こっちも……まじか」


外で体を動かすのが好きな自分にとって

パソコンの前で銅像のように動かないのは苦痛だった。


きっと、テキトーに埋めた診断結果がIT企業向けの人間として出たんだろう。


俺の本当の中身には適正がないので、

適正がありそうな外での仕事の面接を受けることにした。


「……ということで、私は御社に向いていると思います!」


「しかしね、君の性格診断はどう見てもうちの会社向きじゃないでしょ」


「あ、いえ! 診断結果はあくまでも過去のデータです。

 今の私は御社でバリバリ貢献する気ありまくりです!」


「ダメダメ。この診断結果じゃうちの会社との

 マッチング率2%しかないんだもん。どうせやめるんでしょ」


「性格診断は絶対じゃないでしょう!?」

「絶対だよ!!」


自分の本来の向き不向きよりも紙に印刷された

嘘だらけの診断結果が優先されてどこにも受からなかった。


一方で、招待状が送られていたIT企業はザル選考であっという間に内定。


ネクタイを締め、スーツを来て、毎日パソコンの前に座り。

延々と作業するのは病棟生活よりもつらい日々だった。


「こんなの……俺には向いてないのに……」


外の生活を続けていくうちに友達が出来た。

性格診断マッチングをもとにやってきた人だった。


話す内容は車のエンジンがどうとか、最新機種のパソコンがどうとか。

まったく自分には興味がもてない話だった。


「な? お前も最高だと思うだろ?

 同じく、機械マニア適正値が高いんだから思うよな!?」


「そ、そうだね……」


やがて、結婚相手の候補者リストも送られてくる。

性格診断の結果、生活の幸福度が最も高く離婚率が低い相手。


嘘しか無い診断結果を元に判定されたのだから、

仮に結婚してもうまくいかないことは明白だった。


それでもお互いを思い合う気持ちがあればと思って、

性格診断を無視して一番馬が合うと思った女性と結婚できた。


「信じられない! そんな人だと思わなかった!!!」


「ごめん。でも……俺はこういう考えがあるんだ」


「そんなのあなたじゃない!

 あなたの性格診断はそう考えるタイプじゃないもの!」


「診断結果はあくまでも診断でしかないだろう!?」


「そのようね! 私とあなたの幸福度は一番高かったのに

 私はこんなにも毎日苦痛で不幸なんだから!!!」


診断結果的には離婚率0.00001%にも関わらず離婚となった。

偽りの診断結果を信じた相手は結婚後に「想定と違う」と気づいてしまう。


明らかに自分に不向きだった仕事もクビになってしまった。


自分では当然だと思ったのに、性格診断的にはありえないことだった。


テレビを見ても自分の性格診断結果をもとに番組が構成される。

食べ物や飲み物も性格診断を受けて好みやすいものが配達される。

家にはひっきりなしに性格診断にマッチした資料が郵送される。


「もうやめてくれ! 俺は診断結果に合うような人間じゃないんだ!!」



耐えきれなくなった俺は小さな犯罪を起こしてふたたび病棟へと戻った。


向かいの部屋にいるおじさんは驚いていた。


「なんで戻ってきちまったんだ。あんなに外に憧れていたのに」



「やっぱり俺は異常だったんだと思います……。

 正常である人間の診断結果に合わせることができなかったから……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぜったいに間違えない完全無欠のパーフェクト性格診断 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ