第128話 顕現
「さて、君は知っているかもしれないが一応自己紹介をしておこう。私は君が出現させていた魔物から街を護っていた騎士団の団長であるロウレイだ。君の名前は?」
「名前?ハッ、名前なんざもう覚えてねぇよ」
男はベルに睨まれるとびくりと肩を跳ねさせ両手を頭の辺りまで上げた。
「悪かった、悪かったよ。ちゃんと言えってそう言うんだろ?わかったから睨むなよ。怖いなぁまったく」
男は溜息を吐いて指に嵌められている指輪を見せる。
「俺はこの森で落ちていた指輪に触れた、次の瞬間にはもう、指輪は指に嵌められ、外すことは出来なくなっていた」
「指を切り落とそうとはしなかったのか?」
「お前らと一緒にすんな。俺にそんな覚悟出来やしねぇよ」
言葉使いはそのままに、その声は弱々しいものだった。
「では君は、なぜ魔物を召還していたんだい?ただ指輪が嵌められただけなら、その力を使わない選択も出来たはずだ。それでも人を襲う魔物を生み出した理由はなんだい?」
男は苦しそうに、悔しそうに、縋るように笑う。
「何故魔物を生むかって?そうしなきゃなんないからだよ。俺だって人間だ、同じ人間を滅ぼしたいだなんてこれっぽっちも思っちゃいない。だからずっと弱い魔物を召還してきた。だから警告した。もう勝てないって」
男は地面に膝を着きロウレイを見上げる。
「なぁ、俺は一体どれだけの人を殺した。俺は一体、どれだけの罪を背負えばいい」
「一人足りとも、君はただの一人も殺していない。魔物たちは一人足りとも殺せなかった。何故ならば、私が、騎士団が、人を護り抜いたのだから」
「団長……」
その言葉の真偽は今はどうでもいい。
ただ、その言葉は明らかに魔物を召還し続けた男を安心させようとしてのもの。
その感情は、その対応は、魔物を召還していた者に向けられるものではない。
「わかっている」
ロウレイはそう答えて言葉を続ける。
「君が背負う罪なんて、せいぜい魔物を召還したことくらい。けれどそれも罪と思う必要もない。君は君で我々と同じ敵と独り戦っていたのだから」
そう言って微笑むロウレイの肩に触れ、ベルは前に出る。
「必要のないことをしている暇があるのなら、一番重要なことをさっさと聞いてしまえ」
「君はせっかちだね。もう少し落ち着いて」
「もういい」
ベルを諭すように話し始めたロウレイから男に視線を向ける。
「その指輪は誰のもので、誰が君に命令をしていた?」
ロウレイの優しさは今はどうだっていい。
やりたくてやったわけではなく、やらざるを得ない状況であったからだとして、それもまた今はどうでもいい。
これは世界を護る戦いであり、わざわざ敵にまで城をかけているだけの余裕も時間もない。
「ソロモンの指輪の名が示す通り持ち主はソロモンだ。けどなぁ、俺にずっと命令してきたのはソロモンじゃねぇ…………神だよ」
自身の指に嵌られた指輪を見つめながら、恐れるように男は口にした。
「ソロモンは指輪を返した。この指輪をこの場所に落としたのは神で、人間を滅ぼそうとしたのも神だ。なぁ、神って、人間の味方なんじゃねぇのかよ。なんでこんな」
「神が人間の味方?そんなこと」
「そんなわけがないだろう」
ベルの言葉を遮って否定したのはロウレイであった。
先程感じた内に秘めた怒り。
それが間違いではないことを今確信させる。
「あれは人間を家畜とすら思っていない。不必要であれば殺すし、この先大きく成長することも進化することもないと判断すれば殺す。そして、思い通りにならないのであればただそれだけで殺す。そういう存在だ」
「ロウレイ?」
「……………………取り乱してすまない」
ベルの呼びかけにロウレイは普段の状態に戻った。
「ソロモンは指輪を返し人の道を選んだことで神に殺されたんだろうね。そしてこの世界は未来がないと切り捨てられた。神々はどうせ自分たちが手を下すまでもないとそう思ったから指輪をこの世界に落とすだけにした。君に聞こえるその声は大方指輪に掛けられた呪いのようなものだよ」
「まったくもってその通り。しかしもう違う」
突如見知らぬ声がした。
その正体に思考を巡らせるよりも早くベルは男の腕を切り落とし自身の後ろに転移させる。
「ロウレイ‼」
「わかっている‼」
大盾を切り落とされた腕に向けると同時、大盾にとてつもない衝撃を受ける。
大盾を必死に抑えるロウレイだが、地面に深く一直線の溝を作りぶっ飛ばされた。
その凄まじい威力に驚いていると背後から声がした。
それはどうしようもないほどの絶望を突き付ける声。
「団長?」
振り返ってみたものは街であった。
攻撃を防いでなおぶっ飛ばされた。
十数キロという距離をぶっ飛ばすその圧倒的威力。
正真正銘、本物の神。
草原に、右腕だけの神が降り立った。
それはまるで他の部分もあるかのように浮いている。
「神々はもはやこの世界に興味はない。この世界に未だ興味を持っていた俺は結界のせいで顕現出来ず。神の力が宿っている指輪を介して顕現しようとしてみればこれだ」
右腕だけの神は大げさに動いて語る。
「いち早く気付いた奴のせいで奪えたのは右腕だけ。他の場所は神の権能でどうとでもできると思えば神の権能は使えない」
神は顔があるであろう場所に手を、指輪を近づける。
「抵抗のつもりかソロモン。神を舐めているのかソロモン。この程度、ハンデにもなりはしない‼」
神はただ一つの手で拳を握った。
「私が必ずあれを倒す。だからロウレイ、護るのは任せた」
男をロウレイに預け、ベルは大盾の後ろから出る。
ベルは攻撃に動く神の上に転移すると踵落としを放った。
蹴りは防がれるが、防いだ蹴りが地面を大きく切り裂いた。
「いいだろう魔術師。俺を楽しませてみろ」
神の標的は完全にベルとなった、狙い通りに。
正真正銘最後の戦い。
勝てば平穏な日常が手に入り、負ければ世界は滅びる。
右腕だけではあるものの神は神、ソロモンの防衛機構とは比べ物にならない相手。
「安心していい。楽しむ余裕はすぐになくなる」
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