第127話 魔術

「君は何者だ?」


森の中、大樹をくりぬくようにして作られた家にベルは転移し、ハンモックに揺られる男を睨み問う。


「お前がそれを問うのはおかしくないか?お前は俺の住処に勝手に入ってきた奴だ。何者かを問うのは俺の方だろ」


「君が魔物を召還していたのか?」


男の言葉を無視してベルは尚も問う。


「…………ああ、そうだ」


男がそう答えた瞬間、家の中に風が吹き込んできた。

窓の無い家の中にも拘わらず吹く風に男は不思議そうに寝返りでもうつように背後を見、そのあまりにも異常な光景に唖然とした。

遅れて起きた事実を認識し始める。


「おいおいおいおい、何の冗談だよ⁉」


男の背後は、地平線さえ見えてくるほど遥か彼方まで一直線に空間が抉られていた。


「話も聞かずにこれかよ。ったくよぉ…………自衛だからな‼」


男が右手の中指に嵌めた指輪を掲げると、家の中にベルの倍近いサイズの人型の魔物が召喚された。


「これはソロモンの指輪。見ての通り俺はこいつで魔物を召還してるわけだが、それとは別に魔術を無効化する力も持ってる。今回召喚した魔物にはその魔術向こうの力も備わってるからまぁ頑張れよ、魔術師」


ベルは魔物を一瞥し、その背後を一直線に消し飛ばすと不機嫌そうに眉をピクリとさせた。


「おいお前、魔術は無効化するって言ったろ‼」


敵の、ましてや世界を滅ぼそうとしている者の言葉などベルの耳には入らない。

男が魔術は効かないと言っていようと、実際に効かないかどうかは必ず試す。

それで効かないのなら、魔術に頼らず倒すだけ。


「おいおいまじかよ」


ベルは魔物の懐に潜り込むと、飛び上がり頭部に回し蹴りを叩きこむ。

そのまま魔物の身体を地面に倒すと、脚で頭部を踏み抜いた。


「やば、手加減してたら死んじまう」


ベルが男を仕留めようと距離を詰めるが、あと一歩のところで突然吹き飛ばされた。

森の中を木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされ、地面をいくらか転がると顔を上げ、男の傍の黒い球体を見つめる。

やはり先と同じように魔術は効かない。

一呼吸入れ、地面を蹴り吹き飛ばされた森を一直線に駆け抜ける。

そして速度を乗せ、黒い球体に蹴りかかった。

しかし球体は蹴りの下をくぐるようにして避ける。

追撃をしようと足が地面に付くと同時に身体を回転させて振り返り、眼前に迫った棒状の何かを咄嗟に仰け反り避けた。

避けた棒状の何かが未だ動きそうだと感じベルは後ろに倒れ、地面を手で押し転がるように避ける。

棒状の何かからは無数の刺が伸び、地面を貫いていた。

今までの魔物とは全くもって勝手が違う相手に、ベルは頭の中で作戦を立てては潰しを繰り返している。


「全力でいこうか」


ベルはそう呟くと、身体に肉体強化の魔術を掛ける。

最強の魔法使いの全力の強化魔術。

その強化のほどはすさまじく、ベルは音と並んで駆けた。

球体を無視し、男を狙う。

だがしかし、男を狙った蹴りは球体によって防がれた。


「な、追いつくのか⁉」


一撃で決めるつもりであったベルだが、球体から伸びる不意打ちの攻撃は完璧に防いで見せた。

しかし魔物の特性は魔術の無効化。

普通よりずっと丈夫なベルといえど、全力の肉体強化での攻撃のその上を往く魔物の攻撃は、完璧に防いでも耐えきれるものではなかった。

腕から鈍い音をさせ、再び森の中を吹き飛ばされる。

地面を転がり、仰向けに倒れ込んだ。


ソロモン…………人物でいいのか?

制作者か、それとも持ち主か。

わからないが、あの球体は護衛用ってところか。


腕の治療を終え立ち上がり、軽く体を伸ばす。


「ソロモンの指輪ねぇ。まったく、面倒この上ない」


速度と破壊力が上がるだけであればいくらでも対応のしようがあった。

しかし形状を好きに変化させるとなれば相手の対応が上をいく。

魔術無効、魔物召喚、どちらかだけであれば問題はなかった。

両方を備えていたとしても、あの球体でさえなければ何の問題もなかった。

どうすれば倒せるかはまだ一切見えてこないが、取り敢えず戦ってみればどこかに弱点があるかもと、大きく息を吐き、脚に力を入れたその時、背後から声がした。


「ソロモンと聞こえたが、聞き間違いかい?」


振り返るとそこには、大盾を持った騎士の姿。


「団長、どうしてここに?」


「それは今はどうでもいい。君は今ソロモンとそう言ったのかい?」


「知り合い?」


「いいや。私と彼は生きていた時代が全く違う」


ロウレイの表情は普段と同じ。

だが普段とは違うとそう感じた。

怒りか、恨みか、その感情の正体はわからないが、普段のロウレイからは決して感じることのない負の感情を隠そうと平静を装っているように、ベルは感じた。


「多少の知識はあるんだね?それなら、ソロモンの指輪の攻略法を教えてくれ」


「攻略法、つまりは弱点ということだよね?それはないね。あの指輪は神が作ったもの、それならば完全でなくてはならない。弱点など探すだけ無駄さ、正攻法で頑張りたまえ。けれどもし弱点があったのなら、私は君の怒り付き合おう」


「最後の意味はよくわからないが、弱点は今理解した」


少しだけ見開いた目で、薄く笑うベルを見つめる。


「魔術が何かを知っているかい?魔術っていうのはね、自分の内にある世界想像で、自分の外に広がる世界を上書きすることを言うんだよ」


ベルは笑みを深めていく。


「魔術の無効とは、上書きできないということ。だから何だというのだ」


ベルの魔力が凄まじいほどに高まっていく。


「待てベル、そんなことをしたら君は」


「私は最強の魔法使いベル。私の世界は、何処までだって広がり続ける」


高まる魔力は周囲の木々を焦がす。

もはやそれは魔術のようであった。


「果てしなき天の向こう。遥かなる太古の権能を、我が魔術を以て塗りつぶそう」


周囲にすら影響を及ぼす魔力は、ベルの手に収束する。


「ソロモン、君の防衛機構では…………私は止められない」


パチンと指を鳴らすと、道の先で小さいながら凄まじい光と音を、そして回りの木々をなぎ倒すような衝撃を放つ爆発が起きた。

遠くから驚愕の叫びが聞こえてくる。

ベルは転移し、地面に尻もちをつく男を見つめる。


「残念だが、私の魔術は、もうその指輪では防げない」


魔術を放とうとしたベルと男の間にロウレイがすべり込んでくる。


「もうすでに戦う意思はない。殺さなくてもいいだろう?それに、聞きたいこともいくらかある」


「…………団長の好きにするといい」


ベルは下がって、魔術によって木の根で作った椅子に座る。

勝敗は決した。

ベルは怪しげな行動をすればすぐさま殺せるよう、一定の距離で監視するだけである。

そしてロウレイによる聞き取りが終わればその時に殺す。

それができないのなら、指と共に指輪を回収する。

それでようやく、戦いが終わる。

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