第120話 護るもの

「ベル、君が一人で背負う必要は無いよ」


「何の話だい?」


椅子に座り頬杖をついて目を瞑る。

まるで眠るようでありながら集中したまま一切意識を乱さないベルにロウレイが話しかけた。


「君が私の前に現れてから、魔物の出現報告がぱったりと消えた。ここ数日一切ないんだ」


隣に座り、ベルの開いた瞳を見つめる。


「無論、伝達に時間のかかる遥か遠くでは今なお魔物は出現しているのかもしれないが、少なくとも今この国に魔物はいない…………君、何かしているね?」


「私の関知範囲内に魔物が入った瞬間に魔術で殺している。国内に点在する街を護るうえで、これが最も効率的で最も安全だ」


「一目見た瞬間からわかってはいたけれど」


天才?出鱈目?規格外?

それとも異常?はたまた化け物?

どうせ続くのはそんな安っぽい蔑称に決まっている。

けれどそんな予想は一瞬にして裏切られた。


「君はどうにも過保護だね」


出来る限り表情に出さずに驚くベルを他所にロウレイは話を続ける。


「彼らは騎士団だ、護るために立ち上がった者達だ。君より弱くとも、ただ護られるだけの彼らではない」


「だが、私がやるのが最も安全だ」


「君はこの先ずっと不眠不休で魔術を行使し続ける気かい?」


「無論だ。私は世界を救うその日まで止まる気はない」


笑うこともせずいたって真面目に宣言するようにベルは口にした。


「そうかい、それならなおのこと休むんだ。今の君は一人ではない、少しは仲間を頼りたまえ」


少し空気が柔らかくなったかと思うとロウレイはベルに微笑む。


「それにね、君が一人で戦っていることを知ったらきっと彼らは怒るよ」


どう考えたって私がやった方がいい。

わざわざ戦場に立たねばならない他の者ではなく、戦場に立つ必要すらない私がやった方がいい。

誰も痛い思いをせず、誰も怖い思いをしない。

この程度の疲労は大した問題ではなく、失う魔力もまた同様。

考えるまでもなく私がやるべきだ、そう断るべきだ。

それなのに


「隊長たちは既に平和な現状に違和感を持ち始めている。シモンは君を疑っているようだし、ブルーノが君の胸ぐらをつかむのもそう遠くないかもしれないね」


それなのになぜ


「…………わかったよ」


なぜ私は


「団長がそう言うのなら仕方ない」


彼らの負担を了承した。


ここ数日ずっと感じていた無数の生命、今は目の前のただ一人しか感じることができない。

魔力の消費も止まり肉体も精神も楽にはなった、しかし思考は廻り続ける。

自身の考えと行動の矛盾、理解できない自分の行動、その理由を探し求める思考をロウレイが遮った。


「よかった。君は頑固だから、もしかしたら解いてくれないんじゃないかと思っていたけれど、ちゃんと自分の事も護ってくれてよかった」


「…………私は、少し君が嫌いだな。正しいだけでは、全ては救えない。君も解っているだろうけれど」


そう残してベルは席を立ち天幕から出た。

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