第111話 正義の証明

「負けるのわかっててよく挑んでくるよね」


腰を落とし、床を踏みしめ、アストライアは拳を構える。


「これは正義の証明だ。此処に在るのは勝敗ではない。お前に正義があるかどうか、ただそれだけの話だ」


アインスは地を蹴り距離を詰めギルティに殴り掛かった。

しかし、簡単に拳を逸らされ、足を掛けられ、床にたたきつけられた。


「以前よりずっと速くなってる。けど、僕の方が速い」


圧倒的。

誰よりも強い最強がそこにはいた。

床にたたきつけられたアストライアは身体を回転させ起き上がりながら回し蹴りを叩きこむ。

容易く防ぐギルティだが、少し驚いたように一瞬だけ目を見開いた。


以前より力が増している。

このままだと床が、ビルが先に壊れるか。


体を浮かせ蹴り飛ばされながら、アストライアの脚を掴みその勢いのままアストライアを連れて行く。

窓ガラスを割って外に出るとすぐに下を確認しアストライアを地面に向かって投げた。

すぐにギルティ自身も勢いを殺して下に降りる。地面にクレーターを作っているアストライアの近くに軽やかに着地すると、仕切り直しというように微笑んだ。

距離を詰めるアストライア、放つ連打は全て逸らされ、右腕ごと左側へと逸らされたその瞬間にがら空きの右わき腹に回し蹴りを喰らった。


「君じゃ僕には勝てない」


「勝敗ではないと、そう言っているだろう」


脇腹への攻撃は紛れもなく完璧であった。

頑強なアストライアであろうと、いくら腹に力を入れたからといって自由に動けるような威力ではない。

アストライア以上の力で防御出来ない位置を蹴ったにも関わらず、アストライアは戦いを続ける。

アストライアの連撃を涼しい顔をして当然の如く捌くギルティだが、その周囲の地面は衝撃によって抉れていた。


どうなってる、アストライアは間違いなく僕の蹴りをもろに食らったはず。

なのになぜこれほどの、今まで以上の動きが出来る、力が出せる。


拳を捌き、腹に膝蹴りを叩きこむ。

膝をつかないアストライアの腕を跳ね除け何度も何度も殴りつけ、回し蹴りをした後に顔面に裏拳を入れた。

血を流し仰け反りながら数歩下がると、上を向いた顔を元に戻す。

アストライアは未だ倒れない。


「ああそう。人間って、意外と丈夫なんだね」


ギルティはギアを上げた、パワーを上げた、気配を変えた。

今まではアストライアに合わせていた、けれどもう違う。

合わせない、上から叩き潰す。

それは最早規格外であった。

出鱈目であった。

最強とは、他の追随を許さないものだ。

アストライアは目で追えなかった。

気配を追えなかった。

突如目の前から消え、消えたことに気付いた時、身体は倒れていっていた。

後頭部に、首に痛みが奔ったのは、頭が地面に付く頃だった。

踵落としでアストライアの身体が地面にめり込む。

めり込んだ身体を持ち上げ、ギルティは腹を殴る。

たった一度しか動かしていないように見えたが、たった一度衝撃はなかったように感じたが、腹部には多数の拳の跡が残り、ぺしゃんこにつぶれていた。

手を放され地面に落ちるアストライアは、大量の血を吐きふらふらの両足で地面を踏みしめ立っている。

膝をつくことなく、倒れる事無く、ボロボロのまま立っていた。


「なんで立ってるの?なんで倒れないの?意識無いのになんでまだ動くの」


「…………俺はただ…………俺の正義を、貫くだけだ」


掠れた声で口にした言葉を聞いてギルティはアストライアを蹴った。

よろめくアストライアを何度も何度も蹴って殴って、ガクンと膝が落ちるそのタイミングで、膝をつかず耐えたアストライアに踵落としを決め地面にめり込ませた。

終わりだと思った。

もう立つはずがないとそう思った。

だから背を向けて立ち去ろうとした。

けれど背後で音がした。

身体に乗った石が落ちる音がした。

地面と衣服が擦れる音がした。

地面を踏みしめる音がした。

振り返ればそこには、未だ正義を宿したボロボロの男がいた。


「なんで立つの?」


一歩、また一歩近づいていく。


「倒れてくれよ」


何処からともなく黒いナイフを取り出す。


「終わってくれよ」


反撃などない、もう出来ない。

ナイフを振り上げ、ただそこにいるだけの正義に振り下ろした。


「僕に、君を殺させないでくれ」


刃先が胸に触れるだけ。

薄皮一枚だってそのナイフは傷付けていない。

ナイフを胸から離すと、ナイフの持っていない手で胸に触れ、アストライアの身体を突き飛ばした。

地面を転がり瓦礫の山に激突し止まる。

何も言わずにギルティはその場を去っていく。

ぼやけた視界にその背を映すアストライアはココを呼ぶ。

現れたココに掠れた声で口にした。


「合格だ…………奴にも、奴の正義が出来た…………その在り方を、俺は認める」


「こんなにボコボコにされたのに?」


見るも無残なアストライアを見下ろしながら、呆れるようにココは言う。

目を開けているのも疲れたのかアストライアは目を瞑り、浅い呼吸で掠れた声を出す。


「奴は、気絶させなかった、させられただろうに…………奴は、殺さなかった、殺せたはずなのに…………奴はもう…………ただ、殺す事しか出来ない…………有罪ギルティじゃない」


そう言ってアストライアの意識は途絶えた。


「…………貴方が死んじゃ駄目でしょ。貴方が死んだら、あの子また戻っちゃうわよ」

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