第104話 キャロル

「ボスが…………ボスが女の子連れて帰ってきた」


目を丸くして驚くミカが騒ぐ前に、隣に出現したソルトから肘打ちが飛んできた。

油断していたが何とか防ぎ壁まで吹き飛ばされるだけで済んだが軽く呻き声を漏らしてソルトを睨んだ。


「どうしたんですかその娘」


「引き取って育てることになった。子育てはわからないから任せる」


「…………わかりました。それで教育方針は?」


「好きにすればいい。引き取らされただけで、僕は彼女に何も求めてない。扱いに困る厄介事は御免だ」


ギルティは少女を部下に任せると、背中を向け手を振りながら拠点を後にしようとする。

しかしその背を追って、その背に向かって少女は飛びついた。

軽く受け止められ、地面に立たされ、背中を押されて戻される。


「じゃあ、任せたから」


「ボスに懐いてるみたいだしボスが育てればいいじゃない」


いつから見ていたのかアリッサが自室の扉に寄りかかりながら腕を組んでいる。


「子育てってのはね、一緒に居て、起きた物事に対応してやればそれで終わりなの…………多分」


ここにいる誰も、子育てなどしたことがない。

アリッサの記憶は五年前に本に囲まれて目覚めたあの日から始まっていて、ラヴクラフトの記憶はほんの二年前に知らない家から始まっている。

そして骸は十八歳、ミカに至っては十歳でどちらもまだ子供。

記憶喪失にもなっておらず、年齢も大人なのはソルトだけだが、そのソルトもまだ二十歳で子育てなどわからない。

そんな彼らのボスは身長百五十センチほどに加え顔立ちも幼くまず間違いなく未成年であり、そのうえ記憶の始まりはほんの数週間前。

ここにいる誰も、子育ての知識などあるはずがなく、むしろまだ育てられる側まで混ざっている。

言ってはみたものの、アリッサに確信はなく、否定することも肯定することも誰にもできなかった、ただ一人を除いて。


「その通りよ。私はただ、ギルティ、あなたと一緒に居たいだけなの。生きていける環境があってあなたがいたら、それで私は良いの。私はあなたが思っているよりもずっと賢いのよ」


笑う少女にため息を吐く。

誰にもできないのならだれでもいい。

けれど、指名されたのなら仕方がない。

諦めの溜息を吐いて聞いた。


「名前は?」


「もう捨てちゃった」


楽し気に笑うその姿に、もう一度溜息を吐く。


「キャロル、それが君の名前」


ギルティはそう言って、拠点の奥にある自室へ帰っていった。

ドアは開けたまま。

察しの悪い者などラヴクラフトくらいなもの、誰もがその意を理解した。

キャロルは楽し気に、跳ねるように駆けていく。

ギルティの部屋に入ると、扉に手を掛ける。

隙間から手を振って扉を閉めた。


「取り敢えず彼女については決まったな」


「ボスがあそこまで気を許した以上は、下手に触れることはできない」


「あれくらい強引で我が侭な方が、冷たいボスにはちょうどいいのかもね」


殺し屋ギルドの者達は、目に見えるほどのギルティの変化を口々に話す。

口にした誰もが、その変化に安心を感じていた。

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