第103話 少女

オークション開始の合図と共にアストライアは突撃しようとするが、ギルティに肩を掴まれ止められた。


「まだ。もっと大きな罪で裁けるから、それまで待て」


相手の悪の大きさを測り違えるな。

現在の悪でしか裁けないのなら、より大きな悪が確認できるまで待つべきだ。

そうでなくては、正しくさばくことなど出来ないのだから。

けれど、正義は止まらない。


「断る。悪の大きさなどどうでもいい。重要なのは、悪であるか否かだけだ」


「そう。だったらあの子は僕が助ける。君の正義は悪を倒すこと、その過程の犠牲を君は許容する。逃げる悪がいるのなら、今にも死にそうな誰かを見捨てて君は悪を倒すだろう。だから僕があの子を助ける。君が止めても止まらないように、僕も止まらない」


二人の最強は屋根に空いた穴から中に飛び降りた。

壇上に突如現れた最強の殺し屋と絶対たる正義に、会場では悲鳴が上がった。

護衛の者達は銃を撃ち、電撃を放ち、水を射出する。

武器で、異能で、種族固有の力で、最強を殺しにかかった。

だがしかし、最強の前に数も先手も意味はない。

少年は平然と、ただ普通に、止まぬ攻撃の中を歩いていく。

誰も気付かない、誰も気付けない。

あまりに自然で、移動したことにすら気付けない。

殺気はない、気配はない、そよ風が吹くように舞台裏の運営側の者達を次々と殺していく。

誰一人として、首を刺されたことに気付かない。

もし死後の世界があるのなら、彼らはそこで自分の死に気付くのだろう。

ただ普通に首を差しただけだというのに、少年の技は相手に痛みを感じさせない。

何も感じられないまま、何も知らないまま、何も気付けないまま、死んでいく。

そうしてものの数秒で舞台裏にいた者達を殺すと、少女の隣に座り、目隠しを外し、手枷を外し、足枷を外した。


「これで君は自由な訳だけど、多分君の親はこの後捕まる。だから君はこれから誰かに」


「なら私はあなたがいいわ」


「……………………」


言い切る前に答えられた。

予測の出来る内容ではあっただろう、しかしそれは七歳の少女には予測できないように思える内容。


「君は」


地面を砕く音と共に全ての悪を倒した正義が壁を砕き舞台裏にいるギルティに殴り掛かる。


「話し合いが先だろ」


そう言いながら迫るアストライアを蹴り飛ばすために立ち上がろうとすると、少女が間に入ってきた。

予想だにしなかった少女の行動に、アストライアを止めようと動くが、止めるまでもなくアストライアは少女の前で止まった。


「正義を為すための犠牲を俺は許容するとお前は言った。その通りだ。俺は正義のために誰かを見捨てるだろう、だがな、俺は決して悪以外を手に掛けない」


「そう。じゃあ彼女が僕を、悪を護ったのを君は悪と断じないんだ」


「ああ。たとえ護ろうとした相手が悪であったとしても、護りたいというその想いは決して悪足りえない。彼女がもしもお前を護る事が罪であると理解しながら護る日が来たのなら、俺はその時彼女を悪として捕える」


そう言って背中を向けたアストライアに、少し驚きながらもそれを表情に出さず問いかける。


「今日は戦わないってこと?」


「ああ。その子に免じて。それで、話があるのだろう?」


正義がどう悪がどうという話はそこで終わり。

ここからは一人の少女のこれからの話。


「これから君にある情報が入る。その情報によって君は彼女の親を捕らえることになる」


「…………引き取り先をどうするかと?それなら無論、市で保護する。親のいない子など至極当然のように存在する。山ほどある施設の何処に行くかはわからないが」


「嫌よ、私彼と一緒がいいわ」


少女はそう言って座るギルティの腕に抱き着いた。


「こういうわけで困ってる」


ギルティがボスを務めるギルドは殺し屋ギルド。

齢七つの子供にはあまりに教育に悪い。

その上平然と人を殺せるような人間だ、子育てなど出来る気がせず、そんな者に育てられた子供がいったいどうなるか…………。


「それならお前が引き取ればいい」


正直意味が解らなかった。

何故悩んでいると思っていると言いたくなるような返答。

首をかしげることはせず、意味がわからないから詳細をさっさと言えという沈黙。


「その少女は驚くほどに聡い。この死屍累々な現場を見ても非常に落ち着いていて、お前がやったことだと理解している。お前の想像以上にこの少女は聡く、全てを理解したうえでお前を選んでいるんだ」


ちらりと少女に視線を向けると目が合った。


「よく考えたうえで出した結論ならば、俺は彼女の意思を尊重しよう。お前から無理に引き離すことはしない」


「……………………わかった」


ギルティは小さく頷き、重く呟いた。


「僕が引き取ろう。最善を尽くして彼女を育てる」


「それは違うわ」


珍しく真摯に答えたギルティは少女の言葉に驚きながら視線を向ける。


「私はあなたのお嫁さん志望。早く私を好きになってね」


「……………………アストライア、僕はどうすればいい?」


ギルティはアストライアを見上げるが、アストライアは目を背けた。


「俺にはどうしようもない。まぁ、応援だけはしておく」


そう言ってアストライアは気絶させた者達を捕まえるべく部下を呼び始める。

完全にお手上げだとそういう意思表示であった。

仕方なくギルティは少女を連れて帰ることとなり、今までとは大きく変わった日常が始まる。

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