第78話 罪

「ごめんなさい、私のせいで。私が一緒に入ろうなんて言うから…………」


「違う。君に誘われずとも俺はいずれこの湖に入っていたし、どうせその時鎖は奪われた。来るとわかっていて初めて対処できるような相手だったんだ、どうしようもない」


彼女を責めるな。

在り方を間違えるな。

お前は英雄だ。

お前以外の全てが、それを認めている。


唇を噛み、肩に触れ女性を退けると湖の中に入っていく。

そう深くはない湖の一番深い場所で水の中に潜る。


腹を立てる必要はないだろう?

冷静になれ。

鎖を奪われたからなんだ。

祖父の形見だとでも言うつもりか?

お前が持っている祖父の形見はその棺だろう?

鎖はもっとずっと昔から英雄たちが受け継いできたもので、その鎖すらただの記憶装置に過ぎない。

お前が託されたのは遺志だ。

死した者達の願いだ。

一つ二つ、いいや、たとえ全ての鎖を失おうとも、俺は墓守としてその遺志を、願いを…………。


水の中からしぶきを上げて飛び出し大きく息を吸う。

その顔に焦りはなく、怒りはなく、その心は凪いでいた。


「…………あの鎖は俺にしか操作できない。他の者にとっては、異能力者にも破れない拘束具としてしか使い道はないし、普段俺が使っていない方の鎖を奪われただけ。何の問題もないから、君は気にしなくていい」


「でも、君のものが……あれは大事なものだったのでしょう?」


罪悪感が消えない。

彼は英雄で、もしかしたら何かできたはずなのではと、そう思わずにはいられない。


「君は何もしていない。していないということをしていたわけでもなく、本当に君は何もしていない。それが善であることはあっても、決して悪ではない。罪ではない」


長い長い沈黙。

苦しそうなその表情に唇を噛む。


「こっちへ」


手を引いて湖の中へ連れてくる。

背伸びをして、ミカは突然キスをした。


「俺の言葉が、ハッキリと聞こえるな?」


暗闇から意識を戻すなど造作もない。

意識を自分に向けさせる。

その言葉を、その心に届かせるために。


「君を見た時の焦りは、戸惑いは、全て初めての事だった。未知を教えてくれた君に俺は感謝しているんだ。どうすれば君をその罪から解放させられる?君は、何を求める?」


「…………罰は、私が決める事じゃないでしょう?」


泣きそうなその目に、瞳孔が開き、焦り視線を彷徨わせる。


「あなたが私を罰して。セバスチャン」


その言葉に視線が瞳で止まった。


「…………罪無き者に与える罰など、俺にわかるわけがない。だから、教団と敵対している俺と共にいること。それをお前の罰としよう」


その涙が、その瞳が、今にも消えてしまいそうなほどに儚く見えた。

罪に殺されるのではと、そう思わせた。

関わった人間の死というのは、嫌なもので、近くで見ていれば死ぬこともないだろうとそう思って、近くにいるのなら、襲われても護りきれるからと、そう言った。


「それじゃあ、何の罰にもならないわ」


「罰は、君が決める事じゃない。そうだろう?」


「ええ……そうね」


…………どうしよう。

水浴びをしに来ただけなのに、連れが出来た。

昨日別れたばかりなのに、また一人じゃなくなった。

迷惑かけないために一人になろうとしていたはずなのに…………まぁ、迷惑かけた方が彼女の心は楽になるのか?

それなら、いい……のかもしれない。


「それで、名前は?これから先、共に在るというのなら、知っておくのが普通だろう」


「私は……私はマドレーヌ。マドレーヌ・ドラパリューよ。これから、その、よろしくね」


「よろしく、マディ。決して見捨てないから、安心して」


そうして少年と女性の共同生活が始まった。

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