第62話 御師匠様
「……………………」
「おお、起きたか……どうした?」
「猊下の部屋で寝ていたことを忘れていたもので、少し驚いてしまいました」
……朝食の準備だろうか。
自分の手でしているのか、珍しい。
………………?
「……今の時間は⁉」
「そう気にするな。儂の相手をしたのだから、寝坊するのも仕方のないことだ」
「いえ、そうもいきません。規律を重んじ、人々の道標として正しく在り続ける。それこそが聖職者の在り方ですから」
ドレークは食事の乗った皿を机に並べてため息を吐いた。
「真面目過ぎて面白味がない、だが、ここまで真面目なのは珍しく、むしろ面白い。お前は今日から儂の付き人じゃ」
「やはり私を後継者にというのは本気なのですね」
「儂はお前以外に考えられん。と言っても、儂に出来るのはせいぜい推薦くらいなもので実際に選ばれるかはわからんがな」
てきぱきと朝食の準備を整えていく。
「ああそれと……」
ドレークが突然振り返りざまにナイフを放った。
目で捉えてはいるが、ベッドに座ったままのこの体勢では避けられない。
切っ先が首に触れる。
ナイフはすり抜ける様に自然にレナートの身体に入っていった。
「儂はお前の異能を知っている」
―――――――――⁉
異能を伝えているのはシスターと兄さんだけ。
他の人には話していないしもう何年も使っていない。
「安心せい、儂の情報網が凄いというだけ。誰も裏切ってなどいないさ」
「…………猊下、貴方も異能力を持っているのですか?」
思考を読まれているのではと疑いたくなるような発言。
もし本当に読めるのだとしたら、危険すぎる。
こういう思想を抱いた時点ですでに敵と認定されている?
「儂もまた異能力者じゃ。だが、心や思考を読むような異能ではない」
ドレークはレナートの肩に手を触れる。
その瞬間に肉体に違和を感じた。
「儂の異能は…………異能の無効化じゃ」
「……触れば相手の異能がわかったりとか」
「呵呵ッ、何にでも理由を付けようとするなよ若人。老爺の経験と納得しておけ」
その大笑いを前に警戒して損したという風に食卓へ向かおうとしたその時。
「これ、面倒くさがるな」
何が起きたかわからなかった。
突然木造りの床に背中から叩きつけられた。
左腕が掴まれている。
引っ張り上げられるようにして立つと、周囲を確認してドレークに視線を戻した。
「お前には儂よりも強くなってもらう」
「戦いの強さがが聖職者に必要なのですか?」
「必要じゃ。上に行けば行くほどにな」
「それは何故?」
「語るだけならだれにでもできる。実現してこそ人々の道標であろう?」
「…………そういうことならわかりました。これからの一日の予定を事前に教えてください。修正します」
自由な老爺だが、広い心を以て冷静に対処する。
それこそが自分の在り方だから。
「予定?んなもんないわい。儂は勝手気ままに生活する。お前は自由な儂に付いて来て、儂の言う通りやればよい」
「事前に言っていただかないと」
「お前は話を聞く前に用意した心のこもっていない言葉で人々の悩みに応えていたのか?」
……本当に、嫌な人だ。
「年の功ですかね。どうやっても勝てそうにないです」
「当然じゃ。完璧だとか完成されているだとか言われておるお前の師匠じゃからな」
「それで、今日かこれから何を?」
もはや完全に諦めた。
次に不意を突くような真似をしてくるなら無抵抗で殺されてやろうかというほどに。
「なによりも先に朝食じゃろう」
言葉の節々から感じとれる。
絶対に今馬鹿にした。
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