第61話 枢機卿

「猊下、お話があります」


「……ああ、集合住宅の魔物の件か」


思考を読まれた⁉


「私についても君についても今はいい。話というのを聞かせてもらおうか」


圧倒的な存在感。

ただそこにいるだけで圧し負ける。

八十近い老爺を相手に、何においても勝てる気がしない。


「……何故、罪亡き者に罪を着せたのですか?」


唇を噛み、必死に恐怖を紛らわす。


「引き下がらぬか。良い眼をする小僧だ。部屋へ案内しよう、話はそこで聞く」


枢機卿の後を追おうとするも、足に力が入らずふらつく。

右足から力が抜け倒れそうになったところを枢機卿に受け止められた。


「倒れるまで耐えるか。気に入った、儂の全てをあずけよう」


枢機卿は気絶したレナートを担ぎ自室へと戻って行った。




「おお、目が覚めたか」


目を覚まして最初に耳にしたのは、別人の如き優しい老爺の声だった。


「…………」


「脅かしてすまなかった。どれほどの信念を持って行動したのか、どれほどの想いがあって儂の前に立ったのか、それを確かめたかった。試して悪かった」


「それで私は?」


「自室にまで招いたのだ、無論合格だ。好きに問え、儂の知る全てを答えよう」


今までの恐ろしい老爺はどこへやら、今の枢機卿はまさしく好々爺であった。


「ではまず、何故聖騎士が魔物の侵入を許したのですか?」


「秘匿されている情報だが、お前を気に入ったから話そう。他の者には伝えるなよ」


そう前置きをしてから信じられないようなことを言い放った。


「魔物は侵入してなどいない。初めから内側にいたのだ。死んだ十人、彼らは魔物になり果てた」


「……嘘、でしょう?人間が魔物に?」


だったら魔物を殺して回る聖騎士は……人を殺しているとでも…………。


「……それが事実だとして、何故ダージャさんに罪を着せたのですか?」


事実かどうかを確かめることはできない。

わからないことに思考を巡らせて止まっている場合でもない。

今は、目の前にいる知っている者から全てを聞き出さなくては。


「教会の理念は知っているな?」


「ええ、信じる者は救われる……まさか⁉」


「ああ、彼は信じていなかった。であるなら、救われずとも仕方のないことだろう?」


感情が昂っていく。

全てを許す。

そうあるべきだと思ったからずっとそうしてきた。

けれど、到底許されることではない。

それでも……。


落ち着け。

騒いだところで何も変わらない。


「……彼は受けるべきではない罰を受け続けている。罪を着せた教会こそが受けるべき罰をです」


「そうだな。だが、全ての者は救えない。お前は結局夢物語を追い続けているに過ぎない。教会は現実を見ているんだ、救えない者はきっぱりと諦めて、救える者だけを救うとな」


「だからといって罪を擦り付ける必要は……」


「必要があった。人が魔物へと変わるその事実を、隠すためには必要だった」


死んだ者を死んでいないと隠すことはできない。

だから、殺されたとして犯人を仕立て上げた。

教会の不手際を隠すためと予想したこと。

だが実際は教会の不手際を隠すためではなく、避けようのない恐怖を人民に与えないために隠していた。


「だとしても、彼が罪を負う必要はなかったはずです」


「これまで数十数百の人間が魔物となった。だが、信者は一人もいなかった」


「……………………」


感情を抑えるのに必死だった。

信じられない。

心も頭もぐちゃぐちゃだ。


「信仰する者は魔物にはならない。そう仮定しているから、そう希望をもっているから、信仰心が揺らがないよう、聖職者には罪を着せていないのだ」


なんで……。


「なんで、教会が悪ではないと言い切れるのですか?」


信者は魔物にならない?

その一点を見つめれば、自ずと答えは出る。

信者を増やすにはあまりに都合の良すぎる現象。

教会が行っていると考える方が自然だ。


「そうは言っていない」


「え………?」


「儂は枢機卿という立場だ。教会内の情報は全て知っていると言っても過言ではない。それでも、このどす黒い悪事を教会が行っているという情報は一切ない」


嘘を吐いているようには見えない。


「もし行っているとするのなら、教皇だが、そんなことをする人物には見えない。お前が儂に嘘がないとそう思う様に、儂も教皇に嘘があるとは思えない」


なんてずるい問いだ。

私が信じなければ、それだけで教会を敵に回すとも取れるその発言。

嫌な人。


「信じましょう。ですが、ダージャさんの指名手配は即刻取りやめていただきたい」


「…………彼の信仰心を教会へは向けられるか?」


あくまでそこなのか。


「………可能でしょう。信仰といってよいものかはわかりませんが、私に対しての感情はそれに近いかと」


「なら問題はない。お前が信仰しているのも結局は神や教会ではなくあのシスターなのだろう?」


どこでそれを……いや、今更これくらいの事で驚いている場合ではないな。


「ええ、その通りです。ダージャさんも同じように私を通して信仰しているということで問題はないということでいいのですね?」


「ああ、指名手配は取りやめよう。ただ、彼が死んだこととして終わらせる。人相は教会の異能力者の手で変える。これからの生活に不自由はない」


最初から決めていたことなのか?

それとも、私が問い詰めたから計画が変わった?

どちらにせよダージャさんの件は一応これで解決だな。


「聞きたいことも聞けましたし、ダージャさんの件も解決に動いてくださるようなので私はそろそろ」


「いや、お前はこれからここで生活してもらう」


「え…………?」


思考が停止した。


「…………?」


「儂はお前を気に入った。儂の持ち得る全てをお前に叩き込む。儂の死後、儂の座に就くのはお前だ」


先程までの好々爺は何処へやら。

話の途中から恐ろしい気配は漂わせていたが、枢機卿は笑みを浮かべて部屋の鍵を閉めた。


「儂はドレーク。これからよろしくのう、レナート少年」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る