第60話 神父
「お助けいただきありがとうございます、神父様」
「救い導くことが私の役目。当然の日々に感謝をするのは良いことですが、そこまで仰々しく行う必要はありませんよ」
レナート十五歳。
出世街道まっしぐらで教会内の階級をとてつもない速度で上がっていき、本来であればこれから働き始めるはずの十五歳で既に司教となっていた。
これはレナートのどんな感情を向けられようとその全てを受け止め呑み込んでしまうほどの雄大な海の如き心の広さと如何な人物にも微笑みを向けるその在り方があってこその事であり、教会内でも聖人の如き扱いをされていた。
その異常な扱いの理由は未だ幼さの残る青年に、自分よりも幼い者に教えを乞うという体制を以て聖職者たちをふるいにかけるという目的もあった。
教会に所属する者に嘘は許されない。
その心すら、その在り方すら誠実でなければならない。
レナートは真実を浮き彫りにする。
排斥する必要もなく、レナートの下にいられない者は勝手にいなくなる。
来る者拒まず去る者追わず教会の方針は始めから決まっていた。
レナートの登場でやりやすくなっただけ。
一つ問題があったとすればレナートがあまりに完成され過ぎていたということ。
任命した自分たちですら、一人の青年を聖人のように崇めてしまいそうになる。
「どうかなされましたか?」
青年は、全ての者に救いの手を差し伸べる。
「何か理由があるのでしょう?けれど、それは誰かを傷つけていい理由にはなりませんよ」
たとえ相手が犯罪者だとしても。
「私が話し相手になりますよ」
路地裏から母娘を逃がし代わるように路地裏に足を踏み入れる。
「なにしてくれてんだガキ‼」
「あの方々に恨みがあるわけではないのでしょう?でしたら私でも問題ないはずですよ」
微笑みを向けて近付いてくるレナートに後退りをしていた男は、突如叫び走りだすと、レナートの脇腹にナイフを突き刺した。
一瞬苦痛に顔を歪めながらもすぐに微笑みを取り繕う。
「気は、済みましたか?我慢は出来ますが痛いことに変わりはありませんし、怪我をして血を流しているのは事実です。あまり長くは留まれませんが、話なら聞きますよ」
「ふざけんなよ…………ふざけんなよ‼」
男は無抵抗のレナートの顔を何度も何度も殴りつける。
顔を上げる度にその優しい表情を、優しい瞳を向けてくるレナートに、いつしか涙を流しながら、弱々しく拳を振るう。
「なんで…………なんであんたはこんな俺にそんなに優しい目を向けられる。俺が誰か」
「十人殺しのダージャでしょう?」
十人殺しのダージャ。
それは二週間ほど前に起きた集合住宅の住民十名が惨殺された事件の犯人である。
すぐさま逃げ出し未だ逃走中となっている。
「知っててなんで」
「何故って貴方は殺してないでしょう?住民が惨殺されたのは事実ですが、犯人はダージャ、貴方ではない」
「人相書きが出回ってる。俺を見た奴が指差して俺を殺人鬼だとそう言うんだ。じゃあ、本当になってやろうって」
ダージャは膝から崩れ大粒の涙を流す。
「殺そうとした。君に止められたけど、俺は君を刺してしまった。もう、そんな目を向けられていい人間じゃない。俺は、きっともう心まで殺人鬼に」
「あなたは誰も殺していませんよ。私も死にませんから。だから………」
石造りの道を蹴る音が一つ。
暗い路地裏を反射した光が一瞬照らす。
「駄目ですよ、兄さん」
振り抜かれた剣が、ダージャの服に切れ目を入れて止まった。
「腕だけだ。お前を刺したんだ、それなりの報いはあるべきだろう」
「彼には罪なくして罰が与えられていた。それでもう十分すぎるでしょう?」
二人は見つめ合い、いつものようにエトが折れた。
「わかった。そこのお前、レナのおかげで正道に戻れたんだ、もし邪道に逸れるようなことがあったのなら、その時がお前の最期だ。レナへの恩を決して忘れるなよ」
ダージャに剣を向けて睨みつける。
「レナ、さっさと治療しに」
「それより情報が先です。犯人についてはわかりましたか?」
「先に治療だ」
「彼にも話しておくべき情報のはずです。都合よく路地裏にいることですし治療は後で構いません」
「……わかったよ。じゃあ先に話すが、十人殺しの犯人は………魔物だ」
何故街の集合住宅に魔物が?
突然街中に現れた?
そういった類の魔物の報告はない。
なら街の外からですが、確かに事件の起こった集合住宅は街の中でも外側に位置する。
けれど街の外周には昼夜交代で聖騎士が…………。
「聖騎士の不始末を教会が隠蔽した。そういうことですね?」
「ああ、残念ながらな」
人が死んだことに変わりはなく、そこだけはどうしても隠し切れなかった。
だから人間の内から犯人を仕立て上げた。
「教会を、正さなければですね」
「ついに行動に移すのか?」
「ええ、言い方は悪いですけれど、地位に目が眩んだ俗物達を正すいい機会です」
シスターを追いかけ聖職者となり組織のこの腐った現状を知った。
レナートの目的はただ一つ、育ててくれた大恩人であるシスターが所属するこの腐った組織を正すこと。
誰も彼もを助けてきた。
如何な悪人にも手を差し伸べてきた。
その微笑みは、その器は、その在り方は、シスターに憧れてのものだった。
だが、憧れを追いかけていただけではない。
教会内での影響力を、街での、国での影響力を手に入れるという一石二鳥の考えでの行動であった。
「で、作戦は?」
「正面から直談判です。そのためには証拠が要ります。最低限魔物の仕業であると皆が認めるような証拠の用意は出来ますか?」
「まぁ知り合いの異能力者を当たってみるが……用意できなかったらどうするんだ?」
「しょうがないので話し合ってきます」
「はぁ、どうにかする。じゃあまたな」
「はい、行ってらっしゃい」
作戦会議とも呼べない作戦会議が終了し、教会内をぐちゃぐちゃに引っ搔き回すような作戦を開始した。
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