第63話 非日常の始まり
「料理、出来たんですね」
「ん?まぁ大抵の事は出来るが、今はそんなことはどうでいい。行くぞ」
食事を終えて食器を洗いながら話をする。
上の立場の人間にやらせるわけにもいかずレナートが洗っていたが、どうにも便利な雑用係のように思えて仕方ない。
弟子だなんだと言ってチョロいと思われているのではと。
「……行くってどこにですか?」
「お前はついてくればいい」
問答無用、断れるはずもなく部屋を出た。
道行く人に挨拶をしながら街の見回りを行う。
困っている人には手を差し伸べ、普段レナートが行っている活動と大差はない。
ただ、その観察眼と体捌きは凄まじいものがあり、これから悪事を行おうとしている者を一瞬にして無傷のままに無力化していくその手腕は真似をしようとして出来る者ではない。
それはまさしく罪を裁く正義の体現者であった。
「猊下、無力化するのはいいですがこれでは彼らが救われない」
「全てを救うことはできないと言っただろう。それに儂は別に信心深いわけではない。そう言うことは他の者に任せている」
「他の者?」
その時修道士たちが駆けてきた。
「————⁉これはこれはレナート様ではありませんか。我々はドレーク様の従者でございます。以後お見知りおきを」
元気に挨拶をする男を見つめる。
「……成程。この末席に私は加えられたわけですね」
「まさか。レナート様はドレーク様の弟子、我々よりも立場は上ですよ」
レナートはドレークをちらりと見上げた。
「まぁそういうわけじゃ。というかお前ら、自己紹介はいいからさっさと行け」
「はい、了解いたしました」
元気よく返事をして修道士たちは路地の奥、先程無力化した男の元へと駆けて行った。
「儂には出来んからな、あいつらが更生させる」
「そうですか。それはいいんですが……その方は?」
駆けて行く修道士たちの中の一人の腕を掴んでここに残した。
あまりに自然な動きであったために修道士たちは気付いていなかったが、今日だけでも何度もドレークの動きを見てきて多少なりとも目が慣れていたレナートは辛うじて気付くことが出来た。
「こいつか?こいつはまぁ……敵じゃのう」
「え…………?」
そう言ってドレークは異能を行使した。
異能無効化、ドレークに腕を掴まれていた男はその姿を変える。
身体の表面が溶けるように剥がれていく。
「俺を慕ってくれてる奴の事は覚えてる。俺にバレたくなかったら、癖や重心までキッチリ真似てこい」
壁に叩き付けると足で踏むように男の肩を壁に押し付ける。
「ああそうか、もう死んでんのか。こいつは思てった以上に大事だな」
死んでいる?
この男が変装した相手が既に?
「組織の名は?答えないか」
初めて殺人犯を、罪なき人を殺した者を前にして、許すべきという思いと罪は裁かれるべきという思いの板挟みにあう。
思考の海に沈みそうなるがドレークが始めた尋問を前に現実に引き戻された。
「なら構成員の人数だ。十……百……ふむ。三十、四十……五十…………五十五、五十四、五十三、成程五十三人か。となると名前も全員わかりそうなものだが……答える気はないか」
表情の機微から読み取っているのか?
これはまた、凄まじい。
「異能力者の数は?まさか全員ってことは……それは困ったなぁ」
ドレークの反応を見るに五十三人全員が異能力者だったらしい。
正直かなり面倒な相手。
奇襲をされれば国とまではいかずとも街がいくつか潰される。
「戦闘の出来る者は半分?それよりも多いのか?そうか少ないか。それは二十……一、二、そうか二か。戦闘員以外の戦闘能力は普通の兵と比べて弱、強いのか。面倒だな」
聖騎士と同等かそれ以上の者が二十二人。
それ以外の者達も聖騎士程でなくとも訓練を積んだ兵士よりも強い。
本当に対処に困る組織が現れた。
「それで目的は国家転覆、というわけではないのか。教会を潰す……か。…………モンスター」
モンスターとドレークが口にした瞬間レナートでもわかるほどに表情が変わった。
「…………そうか……そうか。ついに組織立って動くような事態にまでなってしまったか」
ドレークは男を殴り気絶させ、レナートを肩に担いだ。
「走るくらいは出来ますよ」
「ちょっと急ぐのと、あんまり人に見られたくない」
そう言って屋根に飛び乗ると、風を切るように屋根の上を駆け抜けていった。
静かな足音、気付くことが出来ても見上げた頃にはすでに過ぎ去っている。
そうして街の中心にある巨大な建物の窓に飛び込んだ。
二人を床に降ろし、状況がつかめないレナートを他所に会話を始めた。
「久し振りだな教皇。窓から出失礼するが許してくれ、急用だ」
「ええ、半年振りでしょうかドレーク。それで急用というのは?」
「この男への尋問の結果、教会と敵対する組織が存在することがわかった。構成員は異能力者五十三人。人間の魔物化の責任が我々教会にあるとして復讐を狙っているようだ」
「…………そうですか。でしたらこの件は全て貴方に一任しましょう、出来ますね?」
考えるようなしぐさをするが、教皇は一瞬で結論を出してドレークに事件解決を指示した。
「まぁ出来ないとは言わないが、条件がある。一つは隠れ家の特定はそっちに頼む。二つ目はこの事件の解決後、儂は引退させてもらう。三つ目は儂はレナート少年を儂の後任が務まる程度には強くするので選考の際に思い出してくれると嬉しい」
「わかりました。特定出来次第連絡します。引退の件も問題ありませんが、国が危機に瀕した際には手を貸してください。レナート神父の事は、珍しく貴方が推薦する子ですから忘れることはないでしょう。では、好きに動きなさい」
教皇の答えを聞くと、再びレナートを抱えて窓から飛び出していった。
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