第59話 異世界

何事もなく朝を迎える。

やってきた聖騎士に身柄を引き渡し、エトの初仕事は無事終了した。


「兄さん……」


「ん、どうした?」


エトは仕事を終え、剣を片付けて地下室から戻ってくると、突然レナートに呼び止められた。


「……兄さんが聖騎士だと知った今、私には話さないといけないことがありまして」


「聞かれちゃまずいことなら場所移すぞ」


「一応そうしてもらえるとありがたいです」


二人は螺旋階段を上り、最上階にある見張り台のような狭い部屋に入った。


「で、話ってなんだ?」


「その、聖騎士ということは、兄さんは異能力持っているんですよね?」


「ああ……俺の異能は千里眼。距離無制限で壁だとかも無視して見える…………ようになる」


窓の外に広がる草原を見つめる。


「俺にはずっと遠くにある街が見えない。全部見えるってのは、もっと使いこなせたらの話だ」


振り返ってレナートに笑いかけた。


「まぁそれはおいといて、話の振り方から察するに、お前にもあるんだろ、異能力」


「…………手を出してください」


言われた通りに手を差し出す。

何か渡すものでもあるのかと、手のひらを上に向けて。

ゆっくりとその手を握り、その身体を抱きしめた。


「…………できませんね」


呟いて、離れていく。

部屋の真ん中で腕を広げると……フォークやナイフ、ロープや角材といった様々なものが床に落ちた。

それは服に隠していたものではない、完全に、身体の内側から出てきている。


「これが私の異能です。触れられるのなら、生物以外の全てを身体の内側に入れられます」


「………傷ついたりはしないのか?」


「容量は身体と同じ大きさまでなので、骨も何もかも透過しているんだと思います」


「……強いな」


様々な武器が入れられて、何処からでも取り出せる。

全身が武器庫にして武器。

かなり戦いづらい異能力。


「聖騎士になりたいのか?」


「いえ、私としてはシスターの後を継ぎたいと思っていて……」


「ならそれでいいだろ」


やりたいことが決まってるなら特に言うことはない。


「ですが私には異能が……」


異能は稀有なもの、誰もが持って生まれてくるわけではない。

だというのに、才能を捨て去るような選択が、持たざる者への、選択すら出来なかった者への侮辱にも感じて……。


「やりたいかやりたくないか、それだけだ。ただまぁ、隠しといたほうがいい異能だとは思うがな」


あまりにも便利な異能、レナートが悪用するとは考えていないが、利用しようとする者がかならず現れる。

それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

聖騎士として、そして何より兄として。


「その点はわかっています。この先異能の事を誰かに話すことは無いですし、使うこともおそらくありません」


始めからレナートに話すつもりなどなかった。

自分の異能が持つ危うさには気付いていたから。

エトに話したのは、自分の選択が間違っているのではないかと不安に思ったからであり、同じように異能力を持ち聖騎士となった兄を、役職以上に家族として信頼していたからであった。


「今日は日を跨いでの仕事だったというのに」


「長い、一言で」


血の繋がりは無くとも、同じ修道院で育った家族。

シスターに憧れているのは知っていたが、憧れるあまり子供らしさが足りない。


「ありがとうございました、兄さん」


「おう、どういたしまして」


言葉使いは変わっていない。

それでも、前置きだなんだと考えながら話されるよりは、もっと楽に、思ったことをそのまま口にするくらいの方がずっと良かった。

二人の顔を朝日が照らす。

今日も異世界での日常が始まる

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