第58話 聖騎士

二段ベッドからエトが飛び降りた。

下で寝ていたメリッサが物音に目を覚まし、エトの腕を掴む。


「まだ夜よ。どこに行く気?」


「……誰かくる」


エトは壁を見つめながら呟くように答えた。


「男、四人組……剣が三人でその内一人が盾を持ってる残りの一人は槍だ」


「……野盗?」


ようやく意識がハッキリとして頭が回り始める。


「にしては人数が少ない」


「でも武器持ってるんでしょ?」


「対処して来る」


部屋を出るエトにメリッサは急いでベッドを抜け出し付いて行った。


「危ないから待ってろ」


「危ないのはあなたも同じでしょ?」


「……お前はシスター起こしてこい」


「わかった」


駆けて行くメリッサの背を見てため息を吐き武器を取りに奥の部屋に向かう。

振り返るとそこには、部屋を出るレナートの姿があった。


「レナ、こんな時間に何してる⁉」


「敵襲でしょう?時間は私が稼ぎます」


「馬鹿言うな、お前にそんなこと任せられるわけ」


「こうして私を説得するだけの時間があるんですか?」


「————クソッ、何もするなよ‼」


駆けて行く兄の背を笑顔で見送る。


「私は、あなた達の為ならば死んだって構わないんですよ」


首にかかるロザリオを握り、正面の入口へ向かっていく。

扉を開け、屈強な男たちを笑顔で出迎える。


「これはこれは夜分遅くに、こんな辺境の修道院に何の御用でしょうか?」


「ガキ、死にたくねぇならそこをどけ」


「そう声を荒げないで下さい。何を急いでいるかはわかりませんが、武器を持っている者を説明も無しに入れるわけにはいきません」


臆することなく、笑顔のまま話す。


「そうかよ……」


落胆したようにため息を吐き、一人の男がレナートを殴った。

よろけるが倒れはしない。

顔を上げたレナートは、殴られてなお微笑みを崩さなかった。


「力は誰かを護るためにあるのです。故意に誰かを傷つけるためのものではありません。その傷は、あなたのものですよ」


「ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞガキ‼」


そう叫ぶと、男は剣を抜いた。

振るわれる剣が、レナートの首元に迫る。

金属音が辺りに響いた。

青年の囁きが耳に触れる。


「遅くなって悪い」


エトが間に合った。

抱えるレナートを修道院の中、追いついて来たメリッサに放り投げる。


「なっ……その剣は、聖騎士⁉」


「なぜこんなところに聖騎士が⁉」


聖騎士とは、神に仕え、教会を守護する騎士である。

その本拠地は国の中心に存在する大聖堂。

街に点在する教会や聖堂に少数が配置されていることはあっても、人数不足の聖騎士がこんな辺境の地にポツンと存在する修道院にいるなんてことはあるはずがなかった。


「ここは修道院だ。いて当然だろう」


極めつけはその実力。

ずば抜けた身体能力はもちろんのこと、高い戦闘技術、そして何より異能という特異な力を持っていた。

まず普通の人間が勝てる相手ではない。


「抵抗はするなよ、痛い思いをするだけだ。心は制御するもの。可愛い弟を殴ったこと、許してやるから捕まりな」


四人対一人にも拘らず上から目線。

聖騎士は、そういった態度が取れるほどに強かった。


「相手は一人、囲んで叩けばどうとでもなる‼」


四人は武器を構える。

瞬間武器は地面に落ちた。


「武器を捨て投降するということでいいんだな?」


「なっ……いいわけあるか‼」


殴り掛かる男たちは顔を苦痛に歪め地面に膝をついた。

太腿から血が流れ出ている。


「命は等価である。私情を挟んで殺しはしない」


辺境の修道院を狙うようなチンピラに、痛みに耐えながら戦うだけの覚悟はない。

諦めたようにへたり込む男たちを見て、エトは剣を収めた。

縄で身体を縛り、壁に括り付け男たちを捕える。

一人の男が抵抗を試みたが肩を折られおとなしくなった。


「明日までそこで反省していろ」


修道院の中に入り扉を閉める。

中では何やらメリッサがふてくされていた。


「エト……」


「言ってなかったのは悪かった。まだ聖騎士として認められてるわけじゃなかったんだ」


「どういうこと?」


「ここは一番近い町からも結構な時間がかかる。けど修道院っていう大事な建物だから護らなければならない。だからその、まだ聖騎士になってないけど装備だけは先にもらってたんだよ。ここで護れるように」


正式採用は半年後。

本来であれば聖騎士となって初めて武具や防具を渡されるが、シスターの下で育ったことなどもあり、信用によって特例を認められた。

場所が場所なだけに国側も困っていたため願ったりかなったりである。


「じゃあ街に出る必要は?」


「俺の給料は国からの支給品って形になるから街行く必要はないな」


「そういうことは先に言え」


ふてくされながらメリッサはエトのすねを執拗に蹴る。


「まだ聖騎士になったわけじゃないから事件でも起きない限りは言っちゃダメだったんだ」


「……なら仕方ない。それじゃあ捕まえたしもう寝よ?」


不満気にしながらも納得して部屋に戻ろうとする。


「俺はここであいつらを監視しなきゃだから一人で寝てくれ」


聖騎士は必ず異能を持つ。

エトの異能は千里眼。

その視界を遮るものは何もない。

男たちを捕えているのは結局のところただの縄。

切るなりほどくなりする可能性がある以上は監視する必要がある。

ベッドに入って寝てしまうのも嫌なのでここから壁を通して朝まで監視をするつもりでいた。


「なら私もここにいる」


「…………毛布を持ってこい。今日だけだからな」


「うん」


小走りで部屋に毛布を取りに行った。


「……私は部屋で寝ますからね」


「そうしろそうしろ」


柱の陰で話を聞いていたレナートは、寂しがらないで下さいねとでも言うようにして部屋に戻って行った。

少しして、おそらく途中ですれ違ったのだろう、赤面したメリッサが毛布を持って帰ってきた。

しばらくは椅子に座って二人で話していたが、メリッサの口数が徐々に減ってくる。

そしてそのまま口を閉じ、目を閉じ、寝息を立て始めた。

毛布を掛けてやり、背後から足音がしたので振り返ると、階段を上ってくるシスターが見えた。


「到着は朝になるそうです」


聖職者たちは祈りによって他の聖職者に意思を伝達することが可能であり、シスターは今、街の聖職者に連絡を行い、応援もとい護送役の用意をお願いしていた。


「わかりました。監視は俺がしておくので、シスターは寝てしまってもいいですよ」


「それで……そちらは?」


毛布にくるまり幸せそうに眠る少女を見つめる。


「あーここで監視をすると言ったらここにいると言い出して」


「そうですか。答えを急く必要はありませんからね。時間を掛けて、後悔しない選択をしてください」


「…………はぁ、もう寝たらどうです?」


照れ隠しで相手をするのを面倒そうに追い返す。


「そうですね、そうさせていただきます。それでは、おやすみなさい」


「ええ、おやすみなさい」

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