第49話 イレギュラー

「やめろ……フレイ。お前が勝てる相手じゃない」


立つことすらままならないソルを壁際に運ぶとフレイは笑って答えた。


「大丈夫。戦い方は理解した。もう、お前よりも強い。それに……まだ死なないから」


優しい笑みを浮かべ話すフレイに成長を感じた。

その笑みが、その言葉が、相手を安心させるための言葉であると理解できた。

ほんの一か月程度。

だが、短い時しか生きられない彼らの成長はすさまじく早い。

スッと笑みを消し背を向けると息を吐き、意識を戦闘に切り替える。

瞬間、巨大な爆炎が上がった。

爆炎はユリウスもソルも呑み込み燃え上がる。

だが、熱くはなかった。

身体が燃えることは無かった。

周りの木が燃えることは無かった。

それは爆発でも暴走でもなく、完全に支配された炎。

どう動くのかも、何を燃やし何を燃やさないのかも全てをフレイが支配していた。

炎はフレイの手へと集まっていく。

以前ソルと戦った際と同じようで全く違う。

ただ炎を纏っただけではない。

この空間を埋め尽くす様な爆炎を手に纏わせている。

そのエネルギー量は以前とは比べ物にならない。

フレイはたった一度の戦いで異常な成長を見せていた。


「ほら、掛かって来いよ。お前は敵なんだろ?」


静かで、それでいて威圧的に、言葉の内には怒りが込められていた。

場を支配するそれは紛れもない殺気。

今初めて、フレイは他人を殺そうと思った。


「殺せば王家との対立は免れない」


ユリウスは殺気を浴びながら薄笑いを浮かべる。


「ああだが、お前の方から殺されに来たのだ。ならば殺しても、問題はなかろう」


対処ではない。

ここで殺すために、ユリウスは大剣を振るった。

その攻撃は剣の巨大さに見合わず速く目で追えるようなものではない。

ソルでさえも未来視の瞳を以て何とか受けに徹すれば対処できる程のもの。

視界が揺れた。

驚愕に目を泳がせる。

状況が理解できない。

痛みはないが、確かにユリウスはフレイに殴られた。

必殺の威力、回避を許さない速さと攻撃範囲、それを連続で繰り出す故にユリウスは最強であった。

だが、フレイはそれ以上に速かった。

まばたきを一度、ユリウスは大剣を振るう。

再び視界が揺れた。

幾度繰り返せども結果は同じ。

完全に攻撃を見切られていた。


「力任せで単調。この程度か?」


先祖返りの中で最も攻撃的な力である炎。

鍛練の一つもせずに行った初めての戦闘で、エルフで二番目に強いソルを相手に引き分けるほどの戦闘性能。

戦闘を経験し、ソルの妖精としての力を肌で感じ力の使い方を理解した。


「この程度なものか」


ユリウスは今まで以上の力で、今まで以上に大振りで、地面を抉り空間さえも抉るような一撃を放つ。

しかしそれは巨大な爆炎によって止められた。


「俺はお前が嫌いだ」


冷えた目でフレイは見つめる。

背後には壁に寄りかかって座るソルがいたから。

避けられないよう攻撃するのは構わない。

ただ、他の誰かを巻き込むような戦い方は気に入らなかった。


「殺したいほど、お前が嫌いだ」


片手で大剣を抑え、ユリウスの顔を手で掴むと地面に叩きつけた。

手を放し指先で軽く弾く。

燃え上がるユリウスを背にフレイはソルの元へ向かう。

その時、フレイがピクリと身体を震わせ、炎を射出し身体を回転させ空を舞った。

硬くそして鋭く尖らされた木がフレイを襲う。

いち早く気付けたが故に諸劇を回避できた。

しかしユリウスと同等以上の速さと異常なほどの手数の多さ、そして何より地面も壁も関係がない攻撃。

ここら一体を焼き払うわけにもいかず時間が経てば経つほどに不利になる戦況。

チラリと視界の端に燃やしたはずのユリウスが立ち上がる姿が映る。

舌打ちをして手に纏う炎の出力を上げると、回転し襲い来る木の枝を蹴散らしながら未だ燃え続けているユリウスに突撃した。

次こそこの手で死を確認するための攻撃。

だがフレイは咄嗟に攻撃を取りやめ方向を変えた。

ユリウスが勢いよく拳を突き出したかと思うと、凄まじい暴風が吹き荒れ、それどころか木できた壁を数枚貫いた。

その光景にゾッとしながらも、今の攻撃が乱発出来るものではないと判断し距離を詰め蹴りかかった。

ユリウスまであと少しというところで身体を回転させ足を掴もうと伸ばした手を躱し地面に一瞬着地すると回し蹴りを頭部に向けて放つ。

足を掴もうとする手の寸前で炎を噴射し蹴りを逆に回転させ、その勢いのまま身体を捻り顎に掌底を食らわせた。

ユリウスの顔が上を向く。

その隙に炎を地面に叩きつけるようにして拡散させ向かって来る木の枝を一瞬にして燃やす。

すぐさま周囲の炎をかき集めると復帰してきたユリウスへと放つ。

周囲の木が未だ動いていることを確認すると舌打ちをして反転、ソルを抱えて全速力で逃げ去った。


「おい、アイツは一体なんだ⁉」


木々の隙間を縫う様にして飛行しながらフレイがソルに叫ぶように聞いた。


「俺にもわからん」


返ってきた答えは予想通り期待外れのものであった。


「まぁただのエルフってわけじゃないだろうなぁ」


「それくらい見ればわかる。さらに言えば先祖返りでもない。もっと異質な力だった」


「なら妖精でもないな」


先祖返りの視点から見ても、妖精の視点から見ても、ユリウスの扱う力は異質であり埒外であった。


「燃やしても殺せなかったが、あれは死ぬのか?」


「さすがに生命の規格には収まっていてほしいな」


「……あの木から、アリアを護れるか?」


あの場所から全力で逃げた理由。

操作できる範囲が不明な以上、この森全てが牙を剥いてくる可能性も考えなくてはならない。

王家との敵対を嫌った以上はその王家のそばにいれば攻撃をしてこなくなると踏んでの事だった。


「………何で戦ってたのか聞かないのか?」


当然の疑問。

フレイは今、理由もわからないままに殺すという選択をしようとしてる。


「何も言わずに格上相手に命かけて戦いに行ったんだ。なら誰かの、俺らのために戦ってるに決まってる」


フレイは鈍感でもなければ察しが悪いわけでもない。

むしろ感情の機微には敏感な部類で、小さな差異から察することが出来る。

たった一ヶ月かそこらの付き合い。

だが、フレイが相手を理解するのに十分すぎる時間。

他の者以上にフレイにとって距離の近い存在となっていた。


「ここで護り切れるから倒してくれと言えるほど俺は傲慢じゃない」


既にソルはフレイに超えられた。

そのフレイが苦戦している以上はもはやソルに出来ることなどありはしない。


「そうか。じゃあ、速攻で決めなきゃだな」


ユリウスが他の者に手を出す前に仕留める。

護るために、護るべきものに攻撃されるよりも早く。

必要なのは速さと火力。


「………問題ない。勝てる」

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