第48話 騎士

「まったく嫌になる。俺をあの目で見ないでほしいな」


塔の上で背に翅を生やした男がため息を吐く。

男の名前はソル、騎士隊隊長の座に就く先祖返りでは無い正真正銘の妖精。

妖精の力は一切使えなくなった代わりに寿命が短くなるという代償を受けずに済んでいる。

そんなソルはアリアに問い詰められ逃げ出した。

否、逃げたのではなく覚悟を決めたのだ。

塔から飛び降り、空を駆ける。

城の最奥、大樹の中心へと向かう。

大樹の中は多重構造となっており、壁の隙間を縫う様に抜けていく。

たどり着いたのは、あまり広いとは言えない空間。

そしてその中央には、一人の大男が立っている。

近付いていくと、突然大男は大剣を振るった。

すぐさま剣を抜き防ぐが、その衝撃はすさまじい。


「いきなり斬りかかってくんな」


「殺気を放つお前が悪い」


眼だけでも殺せるのではと思うような鋭い眼光。


「それで、何をしにここへ来た。誰も近づいてならぬと、そう伝えてあったはずだが」


「決まってんだろ。あんたを殺すためだ」


そう言うとソルは剣を構えた。


「何故だ?俺なくしてお前は生きられないというのに」


「あんたがフレイを殺そうとしてるから。あとはまぁ……あんた悪い奴だろ?」


「俺は近衛騎士団団長ユリウス。俺の行いは正しく、フレイの死もまた正しきことだ」


堂々とした立ち居振る舞い。

自身の正しさを疑う事無く、自信を否定する者こそ間違っているとそう断じる。


「じゃあ声を大にして言わせてもらうが、あんたは間違ってるよ‼」


気合を入れるように声を上げ、地を蹴り斬りかかる。

だが相手は最強の騎士。

そう簡単にはいかない。

それどころか片手で軽々と振るわれる大剣を前に為す術なく吹き飛ばされた。

防御のために逆手に持ち替えていた剣を構え直し再び斬りかかる。

今度はユリウスの動きを読み大剣を受け流し懐へと潜り込む。

しかし受け流したはずの大剣がソルを襲った。

驚愕しながらも咄嗟に防ぐがその重い一撃を咄嗟の防御では受け止めきれず吹き飛ばされ壁を突き抜ける。

崩れる壁が上げる砂煙を突き破るようにして現れたソルを再び吹き飛ばす。


「何故わからぬ。俺に勝てぬことも、先祖返りというイレギュラーは排斥すべきだということも」


ソルのテンポがずれる。

一瞬動きが止まり再び動き出す。

切っ先で大剣を逸らし流れるような自然な動きで攻撃へと転じようとするも、動きを修正したユリウスによって吹き飛ばされた。


「………まさかとは思うが、先祖返りが短命である理由は」


「ああ、俺が決めた、俺が定めたことだ」


当然だとでも言うようなその物言いに怒りがこみあげてくる。


「妖精の力をエルフの肉体で扱う代償?それが理由ならばお前もまた短命であるはずだろう?」


怒りが責任へと変わる。

無知ゆえにのうのうと生きていた共犯者としての責任。

目の前に立つ最強を、悪を、殺す。


「本当ならば根絶したかったのだが、寿命を短くする事しか出来なかった。生まれることすらなければ殺すこともせずに済んだというのに」


「ふざけるなッ‼」


そこに型などありはしない。

ただ本能の赴くままに、相手を殺すために斬り込む。

次へと繋げられるのなら多少の怪我などどうだっていい。

振るわれる大剣を防ぎながら身体を回転させ衝撃をそのまま攻撃へと繋げる。

だがユリウスの動きは異常なまでに速い。

身の丈ほどもある大剣を、それも片手でソル以上の速度で振るう。

カウンター、そのはずだった。

既に受け流したはずの大剣が迫っている。

軌道を変え手に握る剣をユリウスの大剣にぶつけた。

力で負けている以上まともに受けられるはずもなく、ぶつかる直前に手を放し身体に衝撃が伝わらないようにする。

吹き飛ぶ剣を伸ばした左手で掴む。

滑らないように鍔に引っ掛けた指が音を立てて折れる。

暴風をまき起こすようなユリウスの攻撃を避けながら剣を右手に持ち替え再び斬り込む。

瞬間、ソルの身体が地面に叩きつけられた。


「覚悟で、感情で、戦況は動かない。今ならまだ見逃してやる」


ああキツイなぁ、割とマジに死ぬ。


意識が朦朧とする、ふらつきながら立ち上がり、背の翅をしまう。


「そうだ、それでいい。勝てぬ戦いをする必要はない」


「五月蠅い」


翅しまったから諦めたとでも思ってんのかよ。

死体が見つかった時に翅を見られたくなかっただけだっての。

何が勝てぬ戦いだ、フレイ護れば俺の勝ちなんだよ。


倒れそうになりながらも踏みとどまり剣を構えた。


「……残念だ」


驚愕。

ユリウスの速度はさらに上がる。

その大剣は剣と呼ぶにはあまりに刃が分厚く、握りやすいだけの金属の塊のようであった。


ああ、それ剣でいいのか?

それじゃあ斬れないだろ。


防げるような攻撃じゃない。

避けられるだけの時間はない。

死を覚悟したとはいえ、殺せないまま死ぬ気はなかった。

身体を逸らし致命傷だけは避ける。

だが、その一撃はあまりに重い。

左肩に叩き付けられた大剣、その衝撃に膝から崩れ落ちる。

剣を地面に突き立て倒れることは免れたが動くことが出来ない。

見上げた先には今にも振り下ろされようとしている大剣があった。


何だよその速さ、その膂力。

エルフでも妖精でもない。

もはや化け物だろ。


動かない身体、振り下ろされる大剣、死を待つのみとなったソルが見たものは、炎であった。

滑り込むように現れたフレイが振り下ろされた大剣を炎で弾く。


「誰だか知らないが、敵なのは間違いないな」

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