第47話 日常

「ああは言ったが別に筋トレする必要はないんじゃないか?」


床で腕立て伏せをするアリアを椅子に座るフレイが見下ろしている。


「力が……ないと……弓が引けないの」


腕立て伏せをし息を切らしながら答えさらに体力を削がれていく。


「お前は姫で護られる側なんだから弓を引く必要はないだろ」


「同じが……良いって……言ったでしょう?」


「俺が教える」


アリアの動きがピタリと止まる。

そこで止まれるのなら筋力があるのではと思うような体勢。

華麗に舞う様に立ち上がりフレイの手を握る。


「本当に⁉」


「俺はもう弓扱えるからな」


フレイの言葉に抱き着こうと両手を広げ止まった。

難しそうな顔をして反転。


「水浴びをしてくるわ」


「別に汗くらい……」


フレイの言葉を聞かずに部屋を出て行った。


「結構攻めたんじゃない?」


「うるさい」


部屋の外から聞こえる声。

人の悪い笑みが見えてくるような声。


「その距離の詰め方は、今まであしらってきた分これからは全力で口説くってことか?」


「そういうんじゃない。ただ、もう少し一緒にいてもいいと思っただけだ」


「………まだ足りないな」


その呟きは、話を聞かずに話を進めたソルの、答えが返ってこないと理解している独り言だった。


「なぁ…………いや、なんでもない」


何かを言おうとしたソルだったが、階段を駆け上がる音を聞き言葉を呑み込んだ。


「また仲良くなったの?」


頬を膨らませるアリアに苦笑いを浮かべこたえた。


「いえ、残念ながら拒絶されているだけです」


「また素直になれとでも言ったの?」


見透かされている。

澄んだ瞳は、心の内まで覗かれているような気にさせる。

頭を掻き、どうこたえようかと悩んでいると畳みかけるように言葉が続く。


「そういうあなたは、いつまで素直にならずにいる気なの?」


虚空とアリアとを交互に見つめ一歩下がる。

扉に視線を向け重心を移動させた。


「何の話だ?」「何の話ですかー?」


階段を上ってきたフィールと扉を開けたフレイが同時に質問する。

そしてフレイとソルの視線がぶつかる。

瞬間、フレイは床を蹴りアリアを護るように抱きしめながら右手を延ばしソルを掴もうとするも空を切った。

強風が通路を通り抜ける。


「あれ?隊長の声が聞こえた気がしたんですけど気のせいでしたかね」


階段を上り終えたフィールがきょろきょろと辺りを見回しているがそもそも一本道で隠れられる場所などどこにもない。


「フレイ?」


だからこそわからない。

この一本道を突然消えた方法が。

以前まであった隙間はフレイが飛び降りたことでアリアが真似をする可能性があるとのことで閉ざされ正真正銘逃げ場のない一本道となっていた。

もしも正攻法だとするのなら、フレイですら捉えられない程の速さで駆け抜けたことになる。

前に戦った時は本気ではなかったにしても、それはあまりに速すぎる。


「アリア、あいつはなんなんだ?」


「さぁ?あなたの事を自分と重ねて構ってるとしか」


「………なら、そういうことなのか」


確実につかんだ、そのはずだった。

距離を測り間違えたのかとも思ったがそうではなかった。

フレイのミスではなくソルが異常であったのだ。


「凄い風でしたけど何かあったんです?」


普段であれば茶化してくるがフレイのただならぬ空気に首をかしげる。


「………………成程」


フレイはフィールをしばらく見つめ何かを理解したように呟いた。

するとすぐにアリアが両手でフレイの顔を掴み無理やり自分の方を向けさせる。


「他意はない」


フレイは鈍感じゃない。

今まではただ気が付いていない振りをして距離を取っていただけに過ぎず、ここまで強引な行動で示されずとも気付くことが出来る。

抱きしめたフレイをそのまま抱え上げ部屋へと戻る。

自然な行動に扉が閉まるまでフィールは反応することが出来なかった。


「………え、あ、もしかして今私のこと見てたのって護衛として仕事できるかどうか実力探ってたってこと⁉」


無論そんなはずはない。

ベッドにアリアを降ろしフレイは椅子に座る。


「あれがソルの素直になれない相手か?」


「そうよ。あなたにとっての私みたいな相手」


フレイに突然ささやかれ身体を震わせるがお返しという様に耳元で囁く。

だがフレイは鼻で笑うと頭を撫でながら立ち上がる。


「俺は試さなきゃなんないことがあるからちょっと行ってくる」


「何を……するの?」


「安心しろ。俺が一番強いって確かめてくるだけだ」


その笑顔を前に、笑顔の裏にある闘志を前に、止めることなど出来なかった。


「しばらくアリアの相手をしておいてくれ」


「それはいいけど、あんまり無茶はしないでよ?」


「安心しろ。俺は早死にするがまだ死なない」


フレイの言葉に、フレイの表情に、驚かされた。

今までとはまるで違う。

終わりを待つだけだったフレイが、何もしなかったフレイが、今は自分から行動している、死なないとそう言っている。

感情を表に出して、笑いながら言ったのだ。

それがどうしようもなく嬉しくて、十年以上振り向いてもらおうとした少女の努力が報われたような気がして、涙が浮かぶ。

扉を閉じ、倒れるようにアリアを抱きしめた。

言葉は不要。

ただ、どんな十年よりも長かった。

ようやく、ようやく、生きたいと思わせることが出来た。

彼の二十年に初めて生物として当然あるべき感情が宿ったのだ。

廊下での会話をアリアは知らず、何故抱きしめられているかも何故フィールが涙を流しているのかもわからないが、何かとてもいいことがあったということだけは理解できた。

そんな感涙に濡れるアリアの部屋とは真逆に、廊下ではフレイが炎を手に纏わせていた。

そして、そのまま後方に倒れる。

床に触れる直前、軌跡を残しフレイは消えた。

まるでソルが消えた時の様に。

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