第50話 友

「なッ、隊長⁉」


「何があったの⁉」


部屋で待っていた二人の下に現れたのは、ボロボロのソルを背負うフレイであった。

ふらつきながら背もたれに体重を掛けるように椅子に座ると、ソルは作り笑いを浮かべた。


「覚悟決めてユリウスと殺し合って、それで負けたってだけだ」


「ユリウスってまさか騎士団長とですか⁉なんで⁉ってそうじゃなくって、その腕……」


兵士の長と騎士の長が、国内最高峰の戦力をまとめ上げる者が殺し合った。

その意図も理由もわからない。

だが今は、潰れた左腕の方が重要であった。


「殺し合ったんだから、負けたのにこの程度で済んでるのは奇跡ってもんだろ」


ソルはへらへらと笑う。


「なあフレイ。使えない腕を残しておくのと失くしちまうのはどっちがいいと思う?」


ソルの問いに眉をひそめるも平静を装い答える。


「肩から動かないのなら邪魔なだけだ。だが残しておけ」


「なんで?邪魔ならいらないだろ?」


「俺はまだ戦い方しか知らない。いずれ治して見せる」


驚愕に目を見開いた。

意地悪な質問をしている自覚はあった。

そんな答えが返って来るなど思ってはいなかった。

他人のために行動できるほどに成長しているなどと考えてはいなかった。

作り笑いではない、自分でも笑っていることに気が付かない程に自然と笑みがこぼれていた。


「お前は優しいな」


笑ったかと思えば涙を流す。


「ごめんな、助けられなくて」


「いいさ。もう十分助けてもらった。あとは自分で出来る」


フレイは優しい微笑みを返し扉の方へと歩いていく。


「まさか団長と戦う気⁉」


「先に確認しなきゃならないことがある。戦うのはその後だ」


「ちゃんと帰ってくるの?」


フレイは察しが悪いわけではない。

その問いの意味を理解していて、逃げることをしない。


「さあな。時間がかからなかったら確認してそのまま戦いに行くかもしれない」


何も言わず見つめてくるアリアから視線を逸らし諦めたようにため息を吐く。

近づき頭に触れると唇を重ねた。


「続きは帰ってからです」


耳元で囁き、固まっているアリアから視線を外し睨むような視線をソルに送り部屋を出て行った。

真っ先に反応したのはソル。

大きなため息を吐き小言を溢す。


「重症の奴に仕事押し付けんじゃねぇよ」


遅れてアリアが声を上げた。


「いま……いま、今、フレイが…………ずるい、ずるい」


顔を真っ赤に染めて取り繕う余裕もなく慌てふためくアリアは遅れて状況を理解し始める。

ベッドから立ち上がりフレイを追いかけようとするが、ソルがドアの前に立ち塞がる


「何をしているの?」


その言葉には少女の怒気がこもっていた。


「貴方を部屋から出さないように立ちはだかっています」


ソルは笑顔であった。

満面の笑みを浮かべていた。

なにせアリアにフレイを追わせないようにするのはとても簡単であった。

ただ、アリアから、王族からとっても嫌われることになるが。

故に努めて笑顔で対応した。


「フレイはこの国最強と戦おうとしているのよ。それを止めないはずがないでしょう」


「確かに、貴方の意見はもっともです。ただ、私も任されてしまったので。通しませんよ」


壁際では二人の険悪なムードを前にフィールはおろおろとしている。


「では王女として命じます、近衛騎士団第一小隊隊長ソル、そこを退きなさい」


フレイに命令されて動いているというのなら、より上位の権限を以て命令するだけ。

ましてこれは王族としての命令。

命令に背くことは許されず、その絶対性故に気軽に使えば王権の失墜は免れない。

だが、今のこの状況であればこの命令は絶対である。

我が侭ではあるが、命を懸けようとしている想い人を止めたいという我が侭。

迷惑に思う者がいるのなら、それは命を懸けるという選択をしたフレイだけ。

そして、この命令は無理難題というわけではない。

出来ないことを命じれば断ることも出来るし信用も失う。

だが、ソルはただ扉の前から退くだけでいい。

簡単に遂行できる命令。

断ることなど出来ない

はずだった。


「お断りします」


ソルは笑顔を崩さず堂々と断った。


「………え?」


理解できない。

断れないはずの命令を当然の如く断った。

断ったところで大した罰はないと思っているから?

事実断られるなど思ってもおらず断られた際の対処のことなど考えてはいなかった。

体勢が必要だ。

断ったのなら相応の罰が必要だ。

ないのならその命令は絶対ではなくなるから。

何か考えないとならない。

早く決めなくては、ソルは既に王家が決めた死の道を歩いている。

親しき者を傷つけたくはない。

だから何か考えなくては、思い付きでもなんでもいいから。


「…………なんで……なんで命令を断るの‼」


「……何故って、お願いされちゃいましたから」


ソルは微笑んでいた。

ユリウスからの逃亡中にフレイと話していたソルにはわかっている。


「おね、がい……?」


「ええ、お願いです」


フレイはソルに命令したのではない。

お願いしたのだ。

頼んだのだ。


「俺はフレイの友人として、ここを通すわけにはいかない」


忖度をしてはならない。

王族ならば当然のこと。

けれど、フレイの事となると一人の少女に戻ってしまう。


「フレイの……友人として…………」


友人がなんだとそう言うべき場面だ。

だが今回ばかりは言えるはずがない。

なにせ渦中にいるのはその友人なのだから。


「わかった」


呟くとアリアはベッドに深く座った。

問題ないと判断してソルもまた椅子に座る。


「フィール」


「あ、ハイッ。なんでしょう」


剣呑な雰囲気に圧し潰されそうになっていたところで名前を呼ばれいつも通りの反応が出来ない。


「フレイが帰ってくるまで気を抜くな。全力でアリア様を護れ」


ドスの効いた声。

否定を許さない命令。

騎士団として当然の事であり否定しようものなら騎士団としての仕事を放棄することに等しい。

だが今回はいつもとは少し違う。

今までにない危機を感じさせた。


「わかりました。ちゃんと全力で、何日だって、フレイが帰ってくるまでくらい気を張り続けで見せましょう」


足を広げ剣に手を掛け動きを止める。

ソルもまた、剣を立て柄を握る。

臨戦態勢。

二人は今、全身全霊でアリアを護る。

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