第44話 少年の話

「怒ってる?」


椅子に座るフレイを、ベッドに座るアリアが見つめる。


「いえ。ただ、嵌められたなと思っているだけです」


「怒ってるでしょ」


「アリア様にではありませんよ。同じ嵌められた側なのですから」


フレイは鈍感なわけじゃない、いつも気付かない振りをしているだけ。

今も気付いてる、同じと言われただけで少し嬉しそうにしているアリアに。

それでもフレイは自分に向けられるアリアの想いに気付かない振りをする。


「でもよかった。感情的なあなたの方が私は好き」


「そうですか。それは光栄です」


「感情的な方が好きって言ってるのに」


相槌を打つだけ。

会話は続けない、どこかでボロを出さないように。

出来るだけ視線を逸らす、その想いを読み取らないように。


「ねぇ、黙ってないで話をしましょう」


突然顔を覗き込んでくるアリアに虚を突かれるが、すぐに平静を取り戻し答える。


「アリア様はもう、今日の事は全て話し終えたのでしょう?ならばもう、話すようなことはないのでは?」


「ええ、私はたくさん話したわ。けど、フレイは話してないじゃない。私フレイの話が聞きたいわ」


笑って答えるアリアから目を逸らす。


「私には、何も話すことはありません」


「そんなことはないわ。生きてるんだもの、一つや二つじゃない、沢山の経験をあなたはしている」


「………聞いていて面白い話はありません」


「面白い面白くないじゃなくて私は、フレイ、あなたの話が聞きたいの。あなたの事を知りたいの」


「………………」


扉の外から声がする。


「俺は聞かないでやるから話せばいい。結局監禁の名目でお前を連れてきたから、形式上監視を置いているだけであって、ここを離れても構わないと言われている。信用も信頼もされていると、そう理解しておけ」


妙に馴れ馴れしく話してくるソルは、わざとらしく足音を立てる。


「じゃあな。せっかく離れてやるんだから、洗いざらい思いの丈を吐いちまえ」


見えもしない相手に手を振って、ソルは階段を降りて行った。

扉を開け、きょろきょろと見まわす。

部屋に入り扉を閉めると、アリアはまたベッドに座る。


「本当にどこかに行っちゃったみたいだけど、話してくれる?」


「彼の監視は形式上でも、私の監禁は事実ですから。逃げることはできませんよ」


「嫌な言い方。でもよかった、話してくれるのね」


ふてくされたと思えば笑顔を見せる。

ころころと表情を変える少女に目を伏せる。

そして、また覗き込まれては困るからと顔を上げた。


「本当に、面白い話は出来ませんからね」


「それで構わないわ」


ため息を吐き、話し始める。

誰に話すこともなかった自分の話を。


夫婦から、一人の赤ん坊が誕生した。

この誕生は愛情を以て祝福された。

しかし、赤ん坊が瞼を開きその瞳を露わにした瞬間に、誰もがその子を疎み、親を憐れんだ。

朱色の瞳。

元来エルフの瞳は緑色であり、それ以外の色をした瞳の者は先祖返りであった。

エルフの先祖である妖精は、自身の持ち得るものが目に見える形で現れる。

それは例えば色であったり。

水を操る者は青色の瞳を、地形を操る者は茶色の瞳を、植物を操る者は緑色と見分けづらい。

そんな中で最も見分けやすく、唯一忌み嫌われるのが、赤系統の瞳。

緋色の瞳は血を操り、朱色の瞳は炎を操る。

自分を傷つけることで他人を傷つける力と、周りを全て焦土へと変える力。

怪物もいないこの森では不要な力。

力を使うことは許されず、力を持って生まれた時点で忌み嫌われる。

先祖返りが特殊な力を持つゆえに、特殊な力しか見てはもらえず、子供の内に死ぬ故、何も為すことは出来ず、塵のように扱われる。

親は瞳を見たその日の内に、赤ん坊を村の外れに捨てた。

一人ぼっちの赤ん坊が、自然の中で生きていくことなど出来るはずがない。

だが妖精は、生まれた時点で既に完成している。

当然先祖返りも似た性質であり、親がいるから、大人がいるから育てられていただけであり、誰もいないのなら、一人なら、勝手に成長し、勝手に生きていく。

もっと離れた場所に捨ててくればよかった。

そうすれば、帰ってくるようなことも、なかったかもしれないのに。

赤ん坊は、少年となって戻ってきた。

朱色の瞳で、行き交うエルフを見つめていた。

誰かが気付いて、声を上げた。

他の者達も次々と気付き、少年に石を投げ始める。

避けることはしない。

逃げることもしない。

少年は思考していた。

常人よりも圧倒的に成長の早い先祖返りの中でも成長の早い部類である少年は、今まで知らなかった言語を、既に理解していた。

今こうして自分が傷付けられる理由を、探り続けていた。

原因はわからないが、理由は分かった。

少年は血を流しながら微笑むと、優し気な声色で話す。

「成程。私は、嫌われているのですね」

そう言って少年は背を向けて歩き出した。

決して走ることはせず、ゆっくりとして落ち着いた足取りで木々の中へと消えていった。

誰も追いかけてきていないことを確認すると、少年は川の中に入る。

血を洗い流すために、知らなかったことを、整理するために。

目を瞑り、力を抜き、川に浮かぶ。

川の流れに身をまかせ、下流の方へと流されていく。

そうして出会ったのが


「君だよ、アリア」


昔話をしていたからだろうか、フレイの感情がいつもよりわかりやすかった。


「もしかして、結構飛ばしてる?」


川を流れてきた変なエルフの事は覚えているが、それは十歳を過ぎた頃の話であり、そうなると話が短すぎる。


「………当然ですよ。他のエルフと出会うまで、私の生活に変化はない。森で木の実を探したり、獣を狩ったりして、普通に生活していただけですから」


未だその瞳は感情に揺れているが、口調も戻し、出来る限り隠していく。


「まぁいいわ。続きを聞かせて」


一人でどうやって生きていたかも聞きたそうではあったが、話してくれる気になっているうちに続きを促す。


「この先は、この国に来てからの事。特に話すような内容はありませんよ」


国の事は、王族であるアリアならいくらでも聞けるだろうとそういった。


「私はあなたの言葉で聞きたいの」


アリアの言葉に、唇を噛んだ。


「一言で済みますよ」


何処にいたって、朱色の瞳を持つフレイは、忌み嫌われる。

村から国へとやってきても、それは変わらない。

何処にいたって同じだ。


「嘘は、つかないでね」


一言でもいい、長く語る必要はない。

それでも、嘘だけはつかないでと言う少女の微笑みに、複雑そうな顔をする。

息を吐いてから、言葉を口にした。


「………今までいたどんな場所よりも、ここは楽しいですよ」


複雑な感情は、一言では言い表せない。

それでも、他の言いたくないことまで言わないように、一言で済ませる。

嘘を吐くなと言われたから、何も変わらないという言葉を呑み込んだ。

自分の話をすればするほど、自分の事を考えれば考えるほど、少女に従順になっていく。


「そう。それならよかった。私はあなたに、居場所をあげられたのね」


思考を閉ざし、少女の微笑みから目を逸らす。

いつもとは違う。

表情が少し崩れている。

心が、少し解けている。

少しだけ、少年に近付けた気がした。

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