第43話 座して待つ

「何をしているんだ?」


「………何もしていませんよ」


あまりに静かな部屋を不思議に思い、ノックをして部屋に入ってきた兵士に、ただ椅子に座り、何をするでもなく静かに呼吸を続ける少年が答えた。

何もしていない。

目を瞑ってはいるものの眠っているわけではなく、起きているからといって部屋の中を歩くこともせず、椅子に座り、呼吸に小さく肩を揺らすだけ。


「監禁と言っても、この部屋の中でならある程度の自由は保障されている。何かやること、もしくはやりたいことはないのか?」


フレイに対する扱い。

この城で働く者は皆、アリアの想いを知っている。

フレイというエルフを、多少なりとも知っている。

ここにいる者達は、フレイと普通に接し、アリアの恋心を応援している。

それを理解したうえで、フレイは表情を変えないままに言う。


「何もせず、ただ待っていれば………終わりは来るんですよ」


フレイの事を、多少知っているだけなのだ。

自分の事を何も話さないフレイよりも、その思いの丈を明かしたアリアに肩入れするのは当然であり、突き放すような態度をとるフレイに、どうしようもなく腹が立った。

駆ける足音。

隙間から部屋へ入り、フレイに飛びつく。


「おかえりなさいませ。アリア様」


「笑って」


「遠慮させていただきます」


少女は感情を前面に出して話すが、やはりフレイは何処までも淡々と話し、距離を作り続ける。


「今日は何をする?」


「あなたが決めることですよ」


「私はフレイがしたいことをしたいなぁ」


「しいて言うなら、何もしないをしたいですね」


二人の会話は対照的で、どれだけ距離を詰めようと、離れていってしまう。


「決闘だ」


しびれを切らした兵士が、手袋を足元へと投げる。


「俺が勝利したら、アリア様と真摯に向き合え。一途な想いを、無下にするな」


「誰の目にもつかないよう、ずっと家にいた私が、訓練を積み、国に仕える兵士が投げた手袋を、拾うわけがないでしょう」


下らないと、馬鹿らしいと、一蹴する。


「拾え」


「………我慢比べになるようなら、最初から決闘など申し込まず、無理やり連れて行けばいい」


椅子から立ち上がり、手袋を拾う。


「お互い、死なないように、殺さないように気を付けようじゃないか」


廊下へ出ると、窓のようになっている木の隙間から、中庭へと飛び降りた。

後に続くように降りてきた兵士が剣を抜く。

剣から一度眼を逸らし、両手に炎を纏うと構えをとる。


「ソル」


「?」


「俺の名前。どうせ知らないだろ?俺だけ名前を知ってるのは不公平だと思っただけだ」


「そうか」


近付く軽い足音、中庭の芝生に踏み入る音、戦いの火蓋が切られた。

単純な突き。

足捌き、重心の移動、完璧な体運びは単純な突きに圧倒的な速さをもたらす。

一瞬にして詰まる距離と迫る剣、フレイにはそれが見えていた。

攻撃に転じられるようギリギリで避け、炎を纏う手で刃を弾きながら、剣の間合いから拳の間合いへと距離を詰める。

戦いにおいて一撃で仕留めるというのは理想論に過ぎない。

突きを避けられたのなら、その次の攻撃が当然用意されている。

そのための一歩を、ソルは既に踏み込んでいる。

回避を行った者を襲う横薙ぎの一撃。

だが、剣は動かない。

フレイの炎を前に、完全に押し負けている。

伸びきった肘を曲げ、剣を引き、フレイとの間に入れる。

防御は間に合っていた。

衝撃に合わせ後方へ飛び、威力を軽減する。

剣での防御、威力を流すタイミング、遅れはなく、対応してみせたはずだった。

両手のしびれが、防ぎきれないことを物語っている。

一切動かない故に気付くことが出来ずにいたが、フレイは強かった。


防がれた。

というか、何だあの剣。

今の炎を耐えられるものなのか?

まぁいい、どうにか破壊する。


先に動いたのはソル。

距離を詰め斬り込んでくる。

力で負けているうえ、手数でも負けている。

間合いを保ち相手を崩す。

角度を変えて斬り込み続ける。

不思議な感覚。

武器とぶつかった時とは違う、弾かれる感覚。

その感覚にも慣れてきて、より精密に、より早く攻撃が出来るようになってくる。

慣れ始めたタイミングで、フレイは突然弾き方を変えた。

崩れる体勢。

連撃が止まる。

手に纏う炎が大きくなり、ソルを襲う。

咄嗟に剣を逆手に持ち替え、無理やり間に滑り込ませる。

完璧な防御ではない、それでも、あまりに小さな隙にフレイの攻撃もまた速度に寄せ威力が落ちていた。

先程の攻撃程の威力は無く、咄嗟の防御であっても防ぐことは出来た。

だが、その攻撃はより大きな隙を作り出した。

攻防は逆転する。

間合いを詰め、連撃を放つ。

速度を重視し、防御が間に合わなくなるまで攻撃を続ける。

防御が間に合うのなら武器を融かす。

炎は尚も火力を上げ、その温度を上げ、それでも武器には傷一つ付きはしない。

異様であり、異常であり、理解した。

一瞬の溜め、最初と同様の攻撃。

吹き飛ばしたソルを追うことをせず、気付いてしまった事実に落胆する。

エルフで金属を加工できる者は、炎を操る先祖返りのみ。

だから残っている道具を見て、他の先祖返りの様に扱われていたのだと、友として、仲間として在れたのだと、そう思っていた。

けれどそれは違った。

どれだけ温度を上げようと融けない金属。

伝承としてすら残っていない大昔の、炎を扱う先祖返りが作った道具が、今尚使える状態で残っている。

果たして何千年、それどころか万年の時を得てなお形を留めるどころか使える道具。

それが唯の金属なはずがない。

いかに炎を操れども加工できるはずがない。

それを可能にしたのは、愛憎。

憎しみが、恨みが、より熱量を上げる。

奴隷のように扱った者達を、自信を苦しめるこの森を、憎しみ、恨み、全てを燃やし尽くしたかった。

それでも愛していたから、大事であったから、誰も傷付けたくなくて、皆の為になるならと、奴隷の様に扱われながら道具を作り続けた。

炎を扱う先祖返りはその力を使わないまま死んでいく。

使えた誰かを羨んでいたというのに、現実は使わされただけであった。


どれだけ愛せども………。

俺の知ったことじゃない。


よぎる少女の顔を振り払う。

両者は互いに構え、次の攻防を以て勝負が決まることを理解させる。

同時に地を蹴り距離を詰める。

七度の打ち合い、崩されたのはフレイであった。

隙だらけのフレイに渾身の突きが放たれる。

完全に捉えた、だが、フレイの手が間に合った。

右手で剣へと触れ、軌道を逸らす。

切っ先が頬を切り裂くが、一歩踏み込む。

剣を逸らしできた隙間から、左腕を突き出した。

ソルの首に、指が触れる。

炎はすでに消えていた。


「俺の勝ちだ」


先祖返りには短い時間しか与えられていない。

だが、その短い時間で誰よりも輝く。

中庭に拍手の音が鳴り響いた。


「今日は随分と感情的になっていたね」


振り返った先には王がいた。


「私としてはそうやって元気にしてくれていた方がうれしいんだがどうかな、弓の練習をしてみないかい?」


「………わかり、ました」


ここで断れる程、フレイは非情になれなかった。


「そうか、それはよかった。ではソル、アリアも参加させるから、怪我の無いよう安全に頼むよ」


「了解いたしました。普段以上に安全面に配慮しながら指導させていただきます」


いつの間にか剣を収めていたソルは深々と頭を下げた。


果たしてどこまで筋書き通りなのかはわからないが、嵌められたな。

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