第45話 子供
わざとらしい足音が聞こえてくる。
「戻りました。話は聞けましたか?」
扉の外から聞こえる声に、アリアが答える。
「ずっと聞きたかったことは聞けた」
嬉しそうな声。
ただ、どこか潤んだ声であった。
「部屋を出るから離れてもらえるかしら」
「ええ、わかりました」
ソルが扉から離れると、アリアは部屋を飛び出して階段を駆け下りていってしまった。
呆然と見送り、ようやく意識が追い付いてくる。
「フレイ、何を言った?」
その言葉には怒気がこもっていた。
「話を聞かないために離れた貴方に話すことはありません」
フレイが他の者には聞かれたくないことを、アリアにだけ話せるように離れたのだから文句など言えない。
だが
「泣いていた。お前の言葉に涙を流していたんだぞ」
「気になるんですか?アリア様の事が」
怒りをさらりと流していくフレイにますます怒りがこみ上げる。
「俺は従者だ、主人を気に掛けるのは当然だろう」
「そうですね。では追いかけてみてはどうですか?主人の涙を、拭って来ては?」
その言葉を聞いた時、身体が先に動いた。
椅子に座るフレイの胸ぐらをつかみ、壁に押し付ける。
「何故そんな言葉を俺に言える‼お前がアリア様の想いに気付いていないはずがないだろう‼」
ソルの叫びを涼しい顔で流す。
「気付いていますよ。アリア様は優しい。嫌われ者の私を憐れみ手を差し伸べてしまう。そして幼いから、その想いの正体に気付かない。恋に恋する少女ですよ」
ソルはフレイを地面に叩きつける。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。アリア様がどれだけお前を」
「そこから先を、貴方が言うつもりですか?」
どこまでも落ち着いた言葉。
冷静で、的確で、苛立たせる。
「テメェわかってて」
「貴方は大人です。わかりますよね?」
必要最低限の短い言葉。
その言葉だけで、理解させられる、怒りがこみあげてくるような答えを。
「わかってるよ‼わかってるから、俺は今テメェを床に押さえつけて怒鳴ってるんだからなぁ‼」
フレイがアリアを好きかどうかなどわからない。
けれど、フレイはアリアを傷つけたくない、悲しませたくない。
だから、強く拒絶することはせずに距離を置こうとする。
死にゆく者として先を生きる者が自分の死を引き摺らないように、心に刻まれないように振る舞おうとする。
そんなもの、アリアを大切に思っての行動に他ならない。
だが行き過ぎている。
距離を取り過ぎている。
あしらい過ぎている。
全て全てフレイというエルフを嫌う様に、嫌いとまではいかずとも付き合いきれないと見捨ててもらうために。
それでも離れようとしないアリアを、今度はついにソルというエルフに預けようとした。
怒らずにはいられない。
「アリア様をか弱い少女だと思うなよ。お前が思っているほどあの方は弱くない。悲しみも、苦しみも、死にゆくお前への想いの全てを抱えて、それでも前に進み続ける。護られるだけのお姫様じゃない、お前なんかよりもずっと強いお方だ」
ソルは怒りの限りをぶちまけ、呼吸を落ち着けフレイの上から退いた。
乱れた服を正し呆れたように言う。
「大人ぶってないで、子供は子供らしくしてろ。死んだ後の事なんか考えてないで今を必死に生きやがれ」
あまりに大人びているから忘れてしまう、フレイはまだ子供なのだ。
成長が早いだけの子供。
子供相手に熱くなり過ぎたと反省しながらも、ソルは自分が言ったことに間違いはないとそう信じた。
「私が」
「その私ってのも禁止。お前素の一人称は俺なんだからそっちで話せ」
「………私が貴方の言うことを聞く理由はありませんよ」
「素直じゃねぇな。まぁ二十年そうやって生きてきたんだ、すぐに変えるってのは無理な話か」
差し出した手を掴まないフレイの腕を掴み立ち上がらせる。
神経を逆撫でする偏屈な性格も、大人っぽく見せようとしていると思えばかわいく見える。
「死ぬまでには、ちゃんと自分の想いを伝えられるくらいには素直になれよ」
フレイの頭を撫で、ソルは部屋を出て行った。
一人残されたフレイは舌打ちをする。
「俺にすぐ乗せられてたくせに、冷静になりやがって。腹立つ」
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