第25話 vsアズリエル

まずいなこれ。

多数いる死神は俺と同格。

権能を使わないって意地張ってる以上格上だ。

しかも後ろには死の天使様が控えてるときた。

控えめに言って絶望的だろ。


「まぁ、倒さなきゃ終わりだがな」


死神の群れへと突っ込んでいく。

深い深い谷の底、隠れ潜むには狭く、正面突破しか方法はない。

多対一、相手は格上……否。


あれ、此奴らこんなに弱かったか?


多人数を相手取る最重要なのは視野の広さと避ける先や攻撃後を考えながら動くということだ。

何も考えない面白そうなことに首を突っ込むだけだった男は今、考えながら戦うということができていた。

意識しての事ではなかったが、まるで次の動きが読めているとさえ思えるほど完璧に捌いて見せる。


あぁ、違う。

俺が強くなったのか。


旅路の果てに手に入れた。

今までとは違う戦い方。

本能によるものではない。

思考し、戦いを組み立てる。

隙があれば攻めてくる、それが罠とも知らずに。

戦いとは、思考を放棄すれば負ける。

頭を冷やし、思考を止めることをせず、勝利に向かいひた走る。


ようやく俺は理解した。

これこそ戦闘の本質、読み合いだ。

あぁ、俺は知らなかった……戦うということがこうも楽しいということを。


群れ為す死神を吹き飛ばす。


「そこを退け……我が王の通り道である」


「抜かせ」


アズリエルの言葉に、膝をつく。


っく、また。

魂が肉体から引き剥がされる。

だが、元より神は魂と肉体の繋がりが希薄。

肉体などあってないようなもの。

アズリエル、お前の権能は神々に対し効果が薄いようだな。

まぁ、俺は人間目指してるから、肉体手放すわけにゃいかないんだよ。


「……ッざっけんな‼」


膝をいた低い姿勢から飛ぶように駆け、アズリエルを殴る。

少し仰け反らせるに留まるも、次々と流れるような連撃を繰り出す。

だがすぐに弾かれ手痛い反撃を喰らう。


あぁ痛い。

引き剥がされる痛みが引いてないってのにまた別の、次は外傷か。

だから何だ、関係ない。

目の前の敵倒すのが少し難しくなっただけだ。


「なかなかやりますね」


アズリエルの声に、咄嗟に回避行動をとる。

何をされるかもわからないままの行動。

だが、それでも遅かった。


……………………俺の右腕、どこいった?

何が起きた?

血は出ていない、だが俺の腕は斬り落とされた。


「勘、というものですか。随分と人間に近付いたようですね」


攻撃の詳細は……避けれた以上は概念的なものではない。

死の斬撃?

ならば、俺の腕は斬り落とされたのではなく落ちただけ。

繋がりを断った。

……成程。


「アズリエル、貴様の権能は死神と何ら変わらない。死神の上位互換でしかない」


肉体と魂の離別。

死神程過程を踏む必要がないだけ。

俺の右腕も斬撃に寄って斬られたに過ぎない。


「それがわかっても何も変わりませんよ。何しろ君は、私の速度に着いて来れないのですから」


違う。

速いのではない……見えないのだ。

不可視の斬撃こそアズリエルの権能だ。

それさえわかれば話は早い。

全部避けて倒すだけ。

感覚を研ぎ澄ませ。

五感だけじゃない、存在するかもわからない第六感まで使って死を避け続ける。


避け続ける。

始めは身体を斬り付けられていた。

やはり血は出ず、削がれるように落ちるだけ。

痛みもなく、まるで初めからそこには何もなかったようだった。

攻撃が繰り出され斬り付けられる中で、動きは確実に洗練されていく。

やがて完全に避け始める。

幸いそれまでの間に致命傷、そして足などの戦うに当たって重要な部位は機能を保てていた。

近付けば近づくほどに避けるのは難しくなっていくが、その頃にはもう、完全にアズリエルの行動を読み切っていた。

裏をかいたところでもはや意味は無く、残る左腕でアズリエルに殴り掛かった。


「死神の上位互換であることを私は否定しない。そう、身体もまた死神とは別格だ」


アズリエルは簡単に拳を受け止めた。

だが、それはただのおとりである。

相手を油断させるための、右腕では何もできないと思わせるためのおとりでしかなかった。

肘辺りから先のない右腕が、アズリエルの胸に押し付けられる。

右腕の中に仕込まれた刃物がアズリエルの胸から血を流させる。


「……な、何を」


倒れるようにアズリエルの胸に顔を埋め話し始める。


「これがお前の最後の権能。死の呪いだ。相手が死神、神である以上お前が今回用いたのは神さえ殺す呪い。天使であるお前に効かない道理はない」


「成程。えぇその通りです。私は死の天使。解呪の術など持ち合わせてはいない。けれどね、最後の権能というのは間違いです。私の最後の権能は……人を作るというものです」


アズリエルは掴んだ拳から手を放すと地面に押し倒す。

額に手をかざすと、みるみるうちに肉体の損傷が消えていく。

落ちた右腕もつながり、呪いまでも消え去っていた。


「何をした?」


立つ気力もなく覆いかぶさるアズリエルは苦しそうに声を出す。


「餞別です。人間になりたいのでしょう?」


魂が神のものである以上は完全に人になることはできないでしょう、それでも近しい何かにはなれるはず。

君はそれほどまでに肉体に固執していたのですね。

だからこの呪いの効果が薄かった。

神だというのに、魂への攻撃よりも肉体への攻撃の方が有効だなんて、思えるはずがないでしょう。

神にも拘わらず、心の底から人になりたいと思っていたのですね。


「……君に、名を与えましょう」


アズリエルは男の頭をなでる。


ジン、それが君の名です。これからは、人として生きていきなさい」


そう言ってアズリエルは消えていった。




「ようやくだ、ようやく、見つけられた。アマデウス様、俺の、私の主様」


深い深い谷の底で、アマデウスは眠りについていた。

隠れるでもなく、崖を背に寄りかかるようにして。


「長かった、本当に長かった。けれど良かった。こうして……見つけられ、て?」


どういうこと?

ただ寝そべっているだけ。

隠れてなどいない。

地下を探せば見つかる。

それもあれだけの数を投入したんだ、見つからないはずがないだろう。

なら、あいつらは、アズリエルはなんの為に……。

ジン、それが君の名です。これからは、人として生きなさい』


頭の中に残る優しい声。

それがどうにもうるさくてかなわない。


閻魔様の罰は俺への修行を誤魔化す上で体のいい言葉を使っただけ。

なら、アズリエルは?

アズリエルはただ、俺を、神を憎んだ俺を人へ近付けるために?

わからない。

神々にとっての絶対は最高神であるゼウスだ。

それは数多いる最高神が相手でも変わらない。

絶対たる神はゼウスだ。

だからこそ、それを裏切るなど……。

わかってる裏切り者はいる。

俺だってそうだ。

過去には最強の天使と謳われたルシフェルが神々を裏切っている。

無い話ではない。

だが、わからない。

こうも集団で裏切るなど、あるはずがない。

あってはならない。

…………あぁ、だからこそか。

だからこそ、あってはならないからこそ……。


「……裏切るのか」

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