第21話 タケミカヅチ

タケミカヅチの攻撃は速く鋭い。

手数も力も、その技さえも、アマデウスでは遠く及ばない。


「—————っく、燃えろォ‼」


第三の目を開くアマデウスだが、未だ不可視であったはずの炎を断たれた。


「おいおい、最高神喰らったんだろう?まだ出来るよなぁ」


凄まじい速度で放たれる変幻自在の連撃に、アマデウスは対処を続ける。

反撃などする暇は無く、一瞬の遅れが死に直結するほぼ一方的な戦い。

それでも虎視眈々と反撃を差し込む隙を探すアマデウスは、突如死を予感した。

轟音と共に吹き飛ばされるアマデウスには、何が起きたのかを理解できなかった。

ただ死を予感し、そこに剣を差し込んだ。

命は繋げど、何をされたのかがわからない。

手の震えから、その攻撃の威力は理解し顔を上げる。

そこには、二振り目の刀を持つタケミカヅチの姿があった。


「さて、ここからは手数も力も今まで以上だ。必死に藻掻けよ」


にやりと笑うタケミカヅチの姿が一瞬ぼやける。

次の瞬間には目の前に現れ刀を振るう。

何とか一撃防ぐものの、その後の攻撃をまともに喰らう。

吹き飛ばされるアマデウスは地面に伏し地を吐き出す。

その表情は屈辱に染まっていた。


「終わりじゃねぇよなぁ」


獰猛に笑うタケミカヅチの言葉にアマデウスは怒りを募らせる。

アマデウスに放った攻撃は峰打ちであった。

殺さないための手加減であった。

タケミカヅチは、この戦いを、この遊びを、この暇つぶしを、すぐに終わらせる気は無かった。


「もっともっと、俺を楽しませてくれよ」


タケミカヅチの一撃により、アマデウスは吹き飛ばされ地面を転がる。

舞う砂煙を押し広げるように闇が払った。

闇で作り上げた巨大な両腕で空間を裂き喰らいながらタケミカヅチに殴りかかる。

迫る巨腕を前にタケミカヅチは不服そうに舌打ちをすると斬り落とした。


「たくよぉ……いくら何でもそいつは、斬らなきゃ対処できないっつーの」


腕が斬られた以上戦闘力の低下は免れない。

故にタケミカヅチはこの先は楽しめないと思い、刀を握り直す。

しかし、動こうとしたタケミカヅチの視界に映ったのは、既に再生を終えた腕であった。


「なんだそりゃあ、最初から手加減の意味は無かったってことかぁ?再生能力とはまた、最高に面白れぇもん持ってんじゃねぇか」


タケミカヅチは笑みを浮かべ、峰を向けていたもう一振りの刀も握り直した。

死なないのなら、幾らでも斬って構わない。

タケミカヅチが待ち望んだ遊び相手の姿がそこにはあった。

笑みを深めタケミカヅチは斬りかかる。


「さて、まずは四肢だ」


二振りの刀で斬ったとは思えないほどに、四肢が同時に斬り落とされる。

支えの無くなった身体が地面に落ちると、闇が竜巻の如く暴風と共に辺りに広がった。

すぐさま後ろに飛び退き、襲い来る闇の暴風を刀で斬る。

一つ一つの風の流れを、丁寧に、それでいて素早く断っていく。


「いくら俺でも、その闇がまずいのはわかる。だから、そういうのもっとくれ。人間らしからぬ戦いを俺に見せてくれ。神とはそう戦えねぇから、お前が俺の相手をしてくれ」


アマデウスは嗤うタケミカヅチに攻撃を仕掛けた。

再生を終えた巨大な腕で、薙ぎ払い、叩き付ける。

それをひょいひょいと、危な気なく、身軽に避ける。


「遅い遅い」


暴れるように攻撃を仕掛けるアマデウスの腕が突如切り刻まれた。


「次は首を斬る。お前は、再生できるのか?」


アマデウスが攻撃の為とタケミカヅチに伸ばした腕ごと首が斬り落とされる。

ぐしゃりと倒れる身体に、つまらなそうにため息を吐く。


「駄目か。せっかく面白そうだと思ったのに」


背中を向けて歩き出すタケミカヅチは、らしくもなく、勘などという不確定なものに唆され後ろを振り返った。

そこには、再生を終え巨大な両の腕で襲い来るアマデウスの姿があった。

咄嗟に二振りの刀を抜き挟み込んでくる腕を抑える。

だが……。


随分と力が強いじゃねぇか。

俺が圧されてるとはなぁ。

本気じゃなかった?

というよりは……制限の方が近いのか?

まぁいいか。


タケミカヅチは後方に着地すると、楽しそうに笑った。


「先よりも強くなったのは確かなんだから」


力という一点ではあるが、確かにアマデウスはタケミカヅチの上をいった。

距離を詰め殴り掛かって来るアマデウスの攻撃を刀で防ぐが、タケミカヅチの身体は宙を舞った。

空中で身体を捻り着地するが、刀を握る手のしびれに頬が緩む。


まともに防げる威力じゃないな。

まぁ、あいつも俺の攻撃を防ぐ手立てはないだろうが。

そうなると、速い俺の方が有利だな。


タケミカヅチはゆったりとした足取りで近付いてくる。

そして突如、その姿を消した。

残ったのは少しの土煙。

聞こえた小さな足音の方を見るも何もいない。

その時、視界の端に人影が映った。

その方向に一気に走りだそうとしたとき、背後から胸を刺された。


「こっちだ」


声と共に斬り上げ、アマデウスの胸を二つに割く。


「ふふふ、んぁ?」


得意になっていると、アマデウスの傷口から、闇が外へと出てきた。

闇で作られたいくつもの触手がタケミカヅチを襲う。


本体と比べれば速いが大したことは無い。

逃げるも避けるも簡単にできる。

だが、如何せん数が多い。

そして何より、増殖速度が異常だ、避けてる場合じゃない、全部斬んなきゃだ。

だが、腹立たしいことに手を抜いてたら何も進まねぇ。


「だからよぉ、そういうことされたら、殺すしかねぇだろうが」


四方八方から襲い来る触手を一瞬にして斬り伏せ、タケミカヅチは一瞬にして納めた刀の柄に手を触れる。

地を蹴る音と同時、アマデウスの身体が消えた。


「はぁ……塵すら残さず斬り刻む。戦果すらも残っちゃいない。つまらねぇなぁ」


刀を抜いたことにさえ気付けない攻撃。

アマデウスは殺さざる負えない相手であった。

タケミカヅチは確かに本気では無かったが、タケミカヅチが本気になった時、それはもう死以外の道は許されない。

故にタケミカヅチは遊びに本気にはならない。

だから……。


「なんで……なんでまだ生きてんだ?」


自身を囲む闇に、タケミカヅチはその表情から笑みを消す。


「ここからはもう…………遊びじゃ済まないぞ」


タケミカヅチを取り囲む闇は、四方八方から杭の様に尖らせた闇で攻撃を行う。

それは今までのどの攻撃よりも速く鋭い。

闇に囚われ、逃げ場の無い空間で無数の攻撃を捌き続ける。

二振りの刀を巧みに操り、見えないはずの背後からの攻撃さえも完璧に防ぐ。

戦神タケミカヅチの名は伊達ではない。

襲い来る闇を捌きながら、取り囲む闇にさえも手を出していた。

時折一撃見舞い、その斬った後を観察する。

すぐさま修復され、二撃目を放つ頃には既に斬った痕は消え失せていた。


「成程」


タケミカヅチは呟くと、襲い来る闇を一度まとめて斬り払った。

またすぐに攻撃は再開されるが、ただ一瞬のみでタケミカヅチには事足りた。

二振りの刀を納め、構えをとる。


「……一の太刀、無」


襲い来る闇が全て斬り払われる。

見る事さえ出来ない神速。

残され宙舞う刀だけが刀を抜いたことを気付かせる。


「……二の太刀、空」


取り囲む闇が全て斬り払われる。

見る事さえ出来ない神速。

残され宙舞う刀だけが刀を抜いたことを気付かせる。

二振りの刀は地面に刺さり、その刃は崩れた。


「ここまでしてもお前はまたも再生するのであろう。故に…………三の太刀」


居合切りの構え。

何も持たぬ左手に、刀が現れ握られる。


「……布津御魂剣ふつのみたまのつるぎ


闇が一点に集まり再生を始める。

そこ目掛け一閃…………。

放った居合切りは、タケミカヅチ渾身の一撃は、途中で止められた。

闇の中、輝く剣が布津御魂剣を、タケミカヅチの攻撃を受け止めている。

闇が晴れ、その全貌が露わになる。

地面に突き刺さり、その柄をアマデウスに握られる輝く剣。


「何故、何故その剣がここに在る⁉」


タケミカヅチは驚愕の声を漏らす。


ありえないのだ。

この世界には存在するはずがないのだから。

たとえ存在せども、現れるのは遥か数千年先の事。


「在る神が神を殺すべく造り、人に与えた唯一振りしか存在しない剣…………聖剣エクスカリバー。それが何故お前の手に在る‼」


ただ一瞬で五度の攻防。

タケミカヅチの視線を、アマデウスは軽く受け流す。

距離を取るタケミカヅチの脇腹から血が流れ落ちる。


やはり分が悪いか。


「お前は聖剣に、神殺しの武具に認められた。これでお前は神を殺した者ではなく、神を殺す者となった。わかるか?俺ら神にとっちゃ最悪の相性なわけだ。だからもう、お前はどん詰まりだ」


刀を構え、一歩踏み出す。

尻もちをつき倒れたアマデウスの頭上を刃が通る。

ただ一瞬に何十という連撃を叩きこむ。

それをアマデウスは辛くも防ぎきり、その場に倒れた。

タケミカヅチが倒れるアマデウスを冷めた目で見降ろしていた。


「今ので殺せなかったのなら、出来ても相打ちだ。悪いが俺は退かせて……逃げさせてもらおう。俺はここで命を終わらせるわけにはいかないんでな」


天へ昇るタケミカヅチをアマデウスは追うことが出来なかった。

武神と神殺しの戦いを交ざることの出来なかった神々が周りに現れる。

呆然とするアマデウスは首を斬り落とされようやく気付いた。

地面に首が落ちるなか、手に持つ剣を構え殺戮を始める。




地上に残された神々を殺し尽くした時、アマデウスの頭部が再生する。

万を優に超える神々は、アマデウスの手により数年で片付けられた。

これだけ沢山の神を殺したというのに、アマデウスの心には何も残らない。

何も無く、何者でもなくなる。

戦いの中で、アマデウスは心を失った。

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