不死身の死神編

第22話 死神

割れた地面の底で、アマデウスは壁を背にうずくまる。

あれから何十年何百年の時が流れ、アマデウスの身体はしわくちゃになっていた。

不老であり、食事も睡眠も必要のないアマデウスだが、神の力を取り込み、神の権能を無理やりに行使していたアマデウスの身体は老い、衰弱していた。

外傷さえも克服し、不死ともいえるほどの肉体を持っていたアマデウスに、死が近づいてくる。

ひたひたという足音。

黒い髪、黒い眼。

右手に大きな鎌を持ち、左手をアマデウスに延ばす。

頬に触れ、涙ぐんだ声で言葉に発す。


「遅くなりました、主様」


「……だ、ぁ…………だ」


声の出し方さえ忘れるほど久しぶりにアマデウスは言葉を発した。

死神の方を見てようやく自身の視界がぼやけていることに気付く。


「まだ、声が出ませんか。とりあえず今は、日の光を浴びに外へ出ましょうか」


死神はアマデウスを抱きかかえ割れた地面から外へ飛び出した。


「大丈夫ですか?眩しいでしょうけど、目が慣れれば世界が見えますからね。それとどうぞ、お水ですよ」


水の入った木の器をアマデウスの口に近付ける。

唇を水が濡らす。


「慌てないでください。ゆっくりでいいですから」


ゆっくりと時間を掛け、器の水を飲ませていく。

そうして飲み終えた時、アマデウスは言葉を発した。


「神が……我を助けるのか?」


「えぇ、助けますとも。私は神を裏切り、貴方を主とし仕えると決めましたから」




ある日の冥界にて。


「閻魔さまぁ、今日は随分と死者が多いですね」


「ゼウスの奴が無為に人を殺したのだろう。いつもの事だ。それより、お前はハデスの部下だろう、何故ここにいる?」


「ゼウスがですか……にしては、生き残りがいるんですね」


いつの間にか閻魔の身体を上り机に置かれた鏡を見る。


「勝手に……なに、生き残りがいるだと⁉」


「えぇ、生きてますよ。これ完全に生きてます」


二柱ふたりは鏡を食い入るように覗き込む。


ゼウスが討ち漏らしたか?

いや、奴に限ってそれは無い。

なら、ゼウスの攻撃を耐えたと?

ありえないだろう、そんなこと。

ただの人間がゼウスの攻撃を耐えるなど出来るはずがない。


「あの、閻魔様……後が支えて」


何か紙束を抱える鬼が閻魔に話しかける。


「少し待て。待てないようなら他に回せ」


「では少し待ちましょう」


鬼は諦め壁際に下がった。

鏡には、雷を呑み込み、ゼウスに迫る闇が映し出される。

ゼウスが天へと逃げていき、行き場を失った闇が広がり、映像は途切れた。


「……我が権能を呑み込むか」


呟くと閻魔は死神を身体の上から降ろす。


「ねぇ、あの子泣いてたよ」


「そうだな。我ら神には理解できぬ、心の痛みというものであろう」


「心?痛覚がないのに、痛いの?」


不思議そうに見上げる死神に、閻魔はまばたきをする。


「そうか、お前がか。ハデスの奴がぼやいていた。口にするのも嫌そうに、人間に興味を持つ名も無き死神がいると言っていたが、お前の事か」


「ねぇ、心は痛むものなの?」


「あぁ、痛いさ。家族も、恋人も、自分の知る全てを奴は奪われたのだから」


「そっかぁ、痛いんだ。痛いのは嫌だね」


死神の言葉に閻魔がピクリと眉を動かす。


「独りぼっちは、嫌だよね」


死神を閻魔は叩きつける。


「我等は神である。それを理解して発言しろ」


「ねぇ、閻魔様ぁ。俺……あの子を助けたい」


閻魔は死神を球体に閉じ込め手の平に乗せる。


「閻魔大王の名において罰を下す…………果ての果てに選択を」


閻魔は両手で球体を潰した。

手に乗せられた球体も、その中にいた死神も、既にそこから消えていた。


「閻魔様、よかったので?」


「構わぬだろう。どれだけの年月かは知らぬが、世界を巡り最後には奴の元へと辿り着く。その時、もしも生きているのなら、自身の時間を奪った者として殺すのか、はたまた慈愛を以て生かすのか。我は選択させるだけ」


「そうですか……では仕事の時間です」


「もう少し我の扱いを変えてくれ」


閻魔は死者を裁く仕事に戻った。




「……どこだここは」


背の高い木がいくらか生えており、周りにはその木さえ小さく見えるほどに巨大な生物が闊歩している。

一頭の生物が死神を見つけ咆えて突進してきた。


「生きとし生ける者を無闇矢鱈と殺さない。死神として当然のことだ。だが……」


死神は鎌を出現させ手に握る。


「既に何者にも肩入れしないという神として当然の事を放棄している故、殺させてもらおう」


死神が軽く鎌を振るうと傷すらなく生物はその場に倒れた。


「閻魔様が飛ばしたのだから俺が殺した命で苦労するといいさ」


死神は鎌を抱えこの世界を散策し始めた。

ぶらぶらと自分より大きな生物たちの中を我が物顔で歩いていく。




「……しかしこの世界、人間が全然いないな。いくら何でもいなさ過ぎやしないか?」


数週間歩いたところでついに死神は疑問に思い、辺りをしっかりと調べてみる。

地面に落ちた葉の上に付いた足跡を見つけ、うっすらとだが地面にも同じ足跡がある事に気付いた。

足跡の主を探すべく足跡を追う死神だが、その先にあったのは……おそらくは足跡の主と思しき人物を食べる巨大生物の姿であった。


「この世界じゃ、人は弱者なんだね。だから……人は地下に籠ってる」


死神は地面を見つめ地下空間に転移した。

そこでは大人だけでなく子供までもが荷物両手で抱え忙しく歩き回っている。


「……彼らを見たからだろうか」


死神が鎌を振り下ろすと空間が裂ける。


「ここに来てから出来なかった世界戦の移動が出来るようになってる。閻魔様は、俺に人を見て回れとでもいうのですかね」


死神が裂け目に入ると裂け目は空間から消えた。

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