第20話 始まり

目を覚ましたアマデウスは空を見上げる。

異常な感覚。

それは紛れもない神界との繋がり。

そして、雪崩れ込むように空を割り現れる無数の神々。


目覚めるのが遅かったのか、来るのが早かったのか。

どちらにせよ、殺されに来てくれるのは有難い。


迎え撃とうとするアマデウスは痛みを覚えた。

それは傷によるものでは無く、内側から外側へ何かが飛び出そうとしているような。


ヴィシュヌめ、一体何を仕込んだ。


暗闇に染まっていく世界で、アマデウスは背後を振り返った。


「何故……何故生きている‼」


二柱に向け闇を放つが、平然とその中を進んでくる。


「何故……」


左腕を払うようにして勢いよく闇を放つが足を止めることなく進んでくる。


「何故……」


今度は右腕で、だが尚もこちらに近付いてくる。


「生きている‼」


今まで以上の力で、渾身の力で、膨大な闇をぶつける。

だが、二柱の足を止めることはできない。


「俺が呑み込んだ。俺が殺したはずだ‼」


叫ぶアマデウスをブラフマーが抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫だから。全部使っていいから。僕の全てを、君に託そう。君は強い子だ。頑張れ、アマデウス」


シヴァはアマデウスの頭に手を置く。


「怨め、怒れ、許す必要なんざない。お前は魔王なんだから、全部壊しちまえ。全部呑みこんじまえ」


雑に頭を撫でると、そのまま二柱の神は消えてしまった。

暗闇が晴れると、神々が今まさにアマデウスへと襲い掛かってきていた。


「こっちはもう最高神三柱呑み込んでんだ。数揃えても勝ち目なんざねぇんだよ‼」


大振りに身体を一回転させ、闇を渦の様に広げる。

それは呑み込むためのものでは無く、辺りにいた者たちの肌を斬り付けた。

闇が晴れると、中にいたアマデウスはいつの間にか、光さえ呑み込むような黒き剣を構えていた。


「久しいな。存分に喰らうといい」


果たしてそれが誰に向けられた言葉であったかはわからない。

ただ、その剣は異常なまでの切れ味であった。

武器であろうと盾であろうと、止まることなくすべてを斬り伏せた。


「逃げるなよ。許しはしないぞ、一柱ひとり残らず皆殺しだ」


アマデウスの攻撃は、打ち合うことを許さない。

それはまさに一方的な惨殺であった。

暴れるが如く剣を振りまわし、剣の通った道には闇が残る。

速く重い連撃を放つアマデウスの動きが、止まった。

突然であった。

いつの間にかそれは、アマデウスのすぐ目の前に現れた。

アマデウスの胸に触れ、アマデウスの動きを止めた。

心臓を直接、アマデウスの命に、その手を触れる。


「思いあがったな、アマデウス。お前の終わりは実に呆気無い。油断せず、慢心せずいれば、俺に気付けたやもしれなかったというのに」


手をアマデウスの胸に入り込ませていく。

まるでそこには何も無いように、すり抜けていく。

だが、そんな状況でアマデウスは嗤った。


「俺は終わらぬとも。ただ、食えぬ輩を喰らうために隙を晒したまでの事」


「——————なッ⁉」


触れていた胸の中に吸い込まれていった。

アマデウスは、呑み込むと、気味の悪い笑みを浮かべる。

背に巨大な羽を生やし、天を闇が覆う。


「一人とは思ってはいないが、出てこぬのなら、諸共に死ぬがいい」


羽根が宙を舞う。


「死よ、降り注げ」


羽根は突如その速度を増して神々の身体を貫いた。

傷口から闇が広がり、やがて全身を包み、呑み込んでいく。

闇に蝕まれながら、アマデウスへと手を向け、死を放つ。

神々の壁の奥、姿見えぬ場所から放たれた死にアマデウスは気付き、神々諸共に自身を殺そうとする意思を、塵でも払うように掻き消した。


「おい、バレバレだぞ。そこまで余裕が無いか?」


アマデウスは睨むと、一瞬にして距離を詰め、首を刎ねた。


「小賢しいな。俺はもう最高神を呑み込んでんだ。お前ら相手に、今更苦戦などしない。さっさと上の奴を呼んで来い。でないと、報せる奴がいなくなるぞ」


アマデウスは告げると、その場にいる神々を殺していく。

次々と倒れ呑まれていく神々。

だが、終わりが見えない。


「ったく、数だけは多いな。皆殺しにゃするが、一気に呑まなきゃ面倒か」


「万物に神が宿るなんて考え方もあってなぁ、今じゃ八百万の神なんて呼ばれ方もしてる。まぁ面倒がらず、ちゃんと相手してくれや」


声のする方に視線をやった時、既に切っ先が眼前にまで迫っていた。

身体を仰け反り回避しつつ剣を間に差し込み防ぐ。

剣は確かに間に合い、ぶつけることが出来た。

そのはずなのに、アマデウスの身体は遥か後方に吹き飛ばされた。


俺の剣で斬れなかった?

ありえない。

闇の力を持つこの剣は触れたものを呑み込む。

故に相手の攻撃を受け止めた際も相手の武器を呑み込むはず。

……考えるのは後、敵であることに間違いはない。


着地と同時に顔を上げると、相手は既に間合いまで近づいており、持っていた刀を振り抜いた。

数度の激しい打ち合い。

それは速度、力ともにアマデウスと同等かそれ以上であった。


「どうせ数が多すぎて管理しきれないから処理させようって魂胆だろうさ。あのじじいならやりそうだ」


男はけろっとした顔で言うと、アマデウスに笑ってみせた。


「ゼウスの思い通りってのは苛立つだろうが、お前に殺す以外の選択肢は無い。なんていったって神殺しの復讐者なんだからな」


「……何者だ?」


怪訝な顔をするアマデウスは剣を構えたまま問う。


「成程。未だ俺を殺せていないのが不愉快な様子。となるとその剣はあまり触れない方が良さそうだ。まぁ、触れたところで大きな問題はなさそうだが」


ふっと消えるが如く距離を詰めると刀を打ち付け耳元で囁く。


「俺はタケミカヅチってんだ。よろしくな」


そのままアマデウスを吹き飛ばすと、雷を落とし辺りの羽根を蹴散らした。

吹き飛びながらにその光景を見たアマデウスが歯を食いしばる。


「今のは、俺やスペックの電撃とは違う」


アマデウスは身体の周りに電気を纏う。

バチバチという音はより早くより大きくなっていく。


「俺やスペックが空から電撃を降らせようとただの真似事だ。だが今のは違った」


その声は震えていた。

恐怖では無く、怒りに、憎しみ、身を震わせる。


「今のは雷だ……ゼウスと同じ、雷神の権能だ‼」


アマデウスはタケミカヅチへ向けて電撃を放った。

凄まじい音を立てる電撃を、だが、刀で一蹴してみせる。


「ようやく俺を……憎んでくれたな」


タケミカヅチは、憎悪の表情を浮かべるアマデウスに、笑みを返した。


「雷神なのは間違いないが、俺は軍神だ。戦おう、殺し合おう。復讐者アマデウス……戦争の始まりだ」

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