第18話 ヴィシュヌ


目を覚ますと、辺りは暗く周りは岩壁であった。


「生きている、のか?」


肉体に痛みは無く、生を知覚することはできない。

暗闇の中、高い壁に阻まれる。

そこは深き穴かそれとも死後の世界か。


「身体は動く。取り敢えず、上に」


壁に手を触れ足を掛けようとしたとき、ガクリと地面に膝をついた。


左足が砕け……いや、崩れた。

……よく見れば、身体中継ぎ接ぎだな。

足崩れたのに、痛みがないな。

矢張りすでに死んでいるのか?

まぁ、死ねば痛覚が消えるのかは……しら…………ない。


壁に寄りかかり意識がなくなる。



「……眠っていた。気絶していた…………?足が治っている。確か崩れていたはず」


目を覚ますと、崩れたはずの足は再び繋がっており、既に歩ける状態となっていた。


……ッ……痛み?

上らなきゃ。

とにかく、情報がいる。

何も知らないままじゃいられない。


岩壁を上って行く。

少しずつ、少しずつ。

光の届かないような深い底から這いあがっていく。


痛い…………痛い…………痛い……痛い……痛い。


崖を少し上るだけで、身体中が悲鳴を上げる。

身体が千切れるような激痛に、歯を食いしばりながら上って行く。


痛い……痛い、痛い、痛い、痛い痛いいたいイタイ痛いいたいイタイいたいイタイイタイイタイイタイ………………………………。

なんでこんな痛みに耐えなければならない。

何をしたって言うんだ。

何もしてないだろう。

何も知らないのに、なんでこんな目に合わなきゃならないんだ。


意識さえ保てないような痛みの中、怒りを糧に上って行く。

暗い中、もう随分と上ってきた。

未だ光は無く、それでも上が続いていた。

何処まであるかはわからない。

けれど、必ず終わりがあると信じて上り続ける。


痛い、苦しい、辛い、もう嫌だ。

なんでこんなこと、必死に耐えながら上らなきゃならないんだ。

もう、落ちた方が楽になれるんじゃないか?

この高さだ、生きているのならきっと死ねる。

そうでなくとも、この痛みから解放されたい。

もう……終わっても良いよなぁ。

何かを知るために上ってきたが、知る必要なんかないんじゃないか?

知らないままなら、逃げられる。

簡単に終われる。

だから、今の内に終わらせてしまおう。


手を放したとき、光が差した。

そして、誰かの声が聞こえてきた。


《終わっていいはずがなかろう。逃げる事など許されん。這いつくばってでも進み続けよ》


今のは一体…………⁉


そこは地上であった。

空には燦燦と輝く太陽が。

地上は割れ、クレータだらけであった。


あぁ、そうだった、思い出した。

俺は復讐者だ。

神を殺すために立ち上がった者。

こんなところで死んでいられない。


「殺して殺して殺し尽くさねば」


「そう、その通りだ。殺し尽くす事こそ貴様の生きる理由だ」


先程まではいなかった者がそこにはいた。


「誰だ」


「ヴィシュヌ。さぁ、我を越えて往け」


浮かべられた笑み。

それは守護者とは思えぬ戦いを望むものだった。


「越える?当然だ。障害は全て乗り越え、いや破壊する。俺の通った後には何も残さない。それこそが復讐者の辿る道だ」


なってない。

全くもってなっていない。

それじゃあ足りない。

もっともっと復習に身を焦がせ。

その怒りも、その憎しみも、全て全てを呑み込め。

でなければゼウスを討つなど出来るはずがない。


「さぁ、戦おう。殺し合いだ。貴様の行く末は貴様が決めろ。道を外れた貴様を我が導こう。さぁ、復讐者よ立ち上がれ。まだ貴様の復讐は始まってすらいないのだから」


闇が、継ぎ接ぎの身体から漏れ出し身体を呑み込んでいく。


「……アマデウス…………神を殺す者」


闇の中、男は呟く。

そして闇が晴れるとそこには黒き男が立っていた。


「殺す。ただそれだけが我が道である」


闇を纏い、継ぎ接ぎの身体で男は戦う。

まるで人形の様に、肉体を操り戦う。

それはもはやそうでもしなければ戦えないと言っているようにも見えた。


「そうだ、無理やりにでも戦え。身体などどうだっていい。壊れるなら、壊れるよりも早く。あぁだが、それでは足りない」


アマデウスはただ一振りで、吹き飛ばされ地面を転がる。


「くッ、燃えろ‼」


開いた第三の眼は視界に映ったヴィシュヌの身体を燃やす。


「シヴァの炎か。だが効かぬ。既に知っているだろう。それだけでは足りないことを。もっと求めよ。何かを手にいれども満たされず、貪欲に求め続ける事こそ人間だ。それも貴様は求め呑み込む魔人であろう。ならば唯人と同程度では満足できなかろう」


アマデウスの身体の継ぎ目から広がるようにひびが入る。


「破壊を此処に」


腕から首元まで広がるひびはアマデウスに痛みを叫ぶ。

だが、それを無視して拳を地面に叩きつけた。

広がる破壊はヴィシュヌに迫る。


「そう、破壊の権能だ。だが、貴様が呑み込んだのは破壊だけでは無かろう」


容易く破壊を食い止め煽るように言葉を投げる。

ひび割れたアマデウスの身体が塞がっていく。


「そうだ創造。空いた場所を創り出したもので塞ぐ。魔術程度では言えぬ傷を塞ぐ創造の力」


成程、継ぎ接ぎの身体は気絶している間にブラフマーの力で傷を塞いだ結果か。


「創造には破壊がつきものだが、破壊の後には創造がある」


激しさを増す戦闘。

全てを破壊するシヴァの権能はアマデウス自身の身体に傷を作る。

全てを創造するブラフマーの権能により作られた傷はすぐに埋められる。

破壊され、塗り替えられる。

アマデウス自身の身体はどれだけ残っているのか。

だが、アマデウスにとってそれはどうでも良い事。

神を、ゼウスを殺せるのなら、他の何もいらなかった。

手放したくないものはもう、全て奪われていたから。

残されたもの全てを失う覚悟程度、とうに済ませてあった。


「創造と破壊。生と死。廻り続ける輪廻の輪。復讐者よ、永遠の時を……我と共に」

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