第17話 神殺し

「どういうことだ。なぜ生きている?」


ブラフマーは背後に感じた気配に問いかける。


「世界を焼く炎を我は呑み込んだ。だが、破壊を呑み込むことは出来なかった」


静かな言葉。

怒りも憎しみも感じられない、とても落ち着いていた。


「破壊神シヴァの権能か。けれど、君は使わないと、いや、使え無いと思っていたのだけれど」


「使わねばあの窮地を脱せられなかった。無理やりにでも使わねばならなかった」


「成程。随分と大きな代償を払ったようだ」


意思の消失。

残されたのは記憶だけ。

全てを奪われた事実。

自分が復讐の為に全てを捨てた者であるということだけ。

ヴィシュヌ、君はこれを予見していたのか?

だから、僕らで彼の相手をしたのか?

選択を迫った。

僕に殺され楽になるか。

代償を払い、地獄へと進むか。

なら、僕の役目はもう決まっているようだね。

任せてくれヴィシュヌ。

僕は、とても強い。


振り返ったブラフマーの視界に映ったのは、身体に亀裂の入ったアマデウスの姿だった。


あぁ、本当に棄てたんだ。


「我が創造の中へ墜ちて往け」


「……創造には、破壊がつきものだそうだ」


ブラフマーが創り出す悉くをアマデウスは破壊する。

隙を見てブラフマーを燃やそうとするも炎は世界に囚われ。

ただ一つ世界を灼くに終わる。

アマデウスを捕らえる、圧し潰すべくブラフマーは世界を創造する。

自身を捕らえるべく、圧し潰すべく創り出された世界をアマデウスは破壊し、あわよくばブラフマーへ破壊の力を届かせようとしていた。


「さすがだ。シヴァの権能を此処まで使いこなすとは」


「使いこなせてなどいない。代償を払い、ただ摩耗させ続けているに過ぎない」


それが出来る時点で異常なんだよ。


ブラフマーは巨大な腕でアマデウスに掌底を放った。

アマデウスもまた、咄嗟に拳を握りぶつける。


「—————なッ⁉」


ブラフマーの腕が砕け、崩れ去った。

破壊の権能があることなどわかっていた。

だが、アマデウスは想像を越えてその権能を使いこなし、ブラフマーの腕を破壊してみせた。

力を使えば使うほどにアマデウスの身体は悲鳴を上げる。

だがそんなことはどうでもいい。

身体が悲鳴を上げようが、今しがたブラフマーの腕を破壊すると同時に巨大な亀裂の奔った右腕も、どうだっていい。

自我を失ったアマデウスにとって唯一の生きる理由は、神を殺す事なのだから。

殺せるのなら、どうだって……。

アマデウスは自身の身体の状況を理解しながらもブラフマーへと距離を詰める。

死に物狂い。

そも心無き者に恐怖は無かった。

選択をしただけ、全てを以てして相打ちを狙うと。

ブラフマーがどれだけ世界を創ろうと、その悉くを破壊した。

広がり、連なる世界を、全て破壊した。

一度破壊されてから使うのを躊躇っていた腕を使わせ、一つまた一つと破壊していく。

アマデウスもまた、身体中に亀裂が入り、今にも崩れそうだった。

身体中が痛い。

だが、痛みで狂うような自我はもうない。

痛みで鈍るような心はもうない。

痛いなら、まだ生きている。

痛いなら、まだ戦える。

痛いのなら、まだ、此処にいる。

アマデウスは激痛を感じながら戦い続ける。

そしてブラフマーの腕をすべて破壊した。


まだ、駄目だ。

僕はやるべき全てを終わらせている。

だけど、君はまだ終わらせていない。

ここで、終わらせるわけにはいかない。

まだ、戦わなくちゃ。


「……既に世界は創られている」


その一言で、ブラフマーが今まで創り出した世界が再び出現した。

次々と破壊していくアマデウスの視界が突如暗転した。

地面は消え、何も無い空間に放り出される。

動けず、身体の感覚が薄れていく中、指がピクリと動いた。

瞬間、暗転した世界が崩れた。

視界が開けるとそこには、歪な形をした八つの腕があった。

広がり続ける世界で囲まれ、その外側から八つの腕がアマデウスを狙う。

アマデウスは目を瞑り、顔の亀裂から瞳を覗かせた。

第三の眼。

シヴァの持つ世界を灼く炎が、八つの腕を灰すら残さず燃やし尽くした。

周りの世界もまた一瞬にして破壊される。

だが、力を行使しすぎた結果、左腕が崩れ去り、足は流木の様になっていた。

幸いというべきか、崩れた足は石の如く固まったため激痛を伴って歩くことが出来た。

カンカンと音を鳴らし、距離を詰めるアマデウスは、縦の如く展開される世界をすべて破壊した。

残るはブラフマーのみ。

ブラフマーの創造よりもアマデウスの破壊の方が速い。

残された世界は無く、この先ブラフマーに出来ることは何もなかった。

だが、ブラフマーは最後の時まで諦めなかった。

今までほとんど動かなかったブラフマーが、アマデウスの攻撃を避けるべく動き回る。

既に腕は無く、脇腹が吹き飛び、首が削れ、頭も半分無くなった。

そして足が破壊され、ついにブラフマーは動く事も出来なくなった。

ぽろぽろと落ちていく身体を無視してアマデウスはブラフマーに触れる。

その瞬間、ブラフマーは最後の力を振り絞るように世界を創造した。

アマデウスの破壊を越えることは出来ずとも、どうにか拮抗できるほどの創造。

だがブラフマー自身が疲弊するのも事実であり、こんなことをすればアマデウスに殺されずともそのまま死にかねない。

その時、アマデウスの破壊が止まった。


「……まだ…………う、を……ロして……な、い」


途切れ途切れで、掠れた声。

だがそれはアマデウスの声だった。


「……だ………おわ……ない……」


破壊が止まり、闇が世界を呑もうと亀裂から飛び出す。

だが、既に死に体。

絞りだせるような力すら残ってはいない。


「……そう。なら大丈夫」


此処が僕の終わり。

そして、君は先へ行きたまえ。


「僕らじゃ意味がないから……頼んだよ」


ブラフマーは突如世界の創造を止めた。

瞬間闇が世界を、そしてブラフマーを呑み込んだ。

そのまま地面に倒れると、まるで粉でも落とすように亀裂に沿って身体が崩れ落ちた。

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