第19話 試練

星さえ砕く破壊を、ヴィシュヌは平然と受け止め続ける。

破壊の権能を身に纏い、自らの身体を削りながら戦うアマデウスは、想像し、創造する。

削れ、壊れ、崩れていく。

それを越える速度で、より強い身体を創り上げていく。

死ぬまで戦い続けると決め、創造の権能で死ななくなったアマデウスは、どんな攻撃も通用しないヴィシュヌを相手に、長い長い時間をかけて攻撃を続け、アマデウスの肉体は人とは思えぬほどに強靭なものとなっていた。


「そうだ、強く在れ。もっともっと貪欲に強さを求めよ。まだ足りておらぬのだから」


笑うヴィシュヌにアマデウスは表情を変えず、破壊の権能を纏い流れるような連撃を繰り出した。

腹に響く音。

地面に残る衝撃の跡。

空の雲さえ掻き分けた連撃は、ヴィシュヌに軽々と防ぎきられた。


「我が権能は維持である。創造と破壊。始まりと終わり。我は維持する、未来へと繋ぐ。未来は無限である。故に誰にも終わらせられない」


誰にも、終わらせさせない。


「我は強い。今を維持し、今を続け、未来へと至る。無限の可能性を相手に貴様はどう戦う」


壊せず、殺せず、呑み込めず。

既に手は尽きている。

どれだけ思考を巡らせども解は出ない。

諦めることは出来ず。

勝利することも出来ず。

敗北することは許されない。

……堕ちて……堕ちて…………堕ちていく。


突然アマデウスがその場で倒れた。


…………へぇー、そう。

俺を呑み込もうってのか。

悪いが俺をくれてやる気はない。

だがまぁ、あの馬鹿にお灸を据えなきゃならないのは事実だ。

だから、少しだけ貸してやる。

いずれ恩を返しに来い。

俺はお前を待っている。


「――――――————なッ⁉」


ヴィシュヌは咄嗟に距離を取る。


魔人の中でも一際強い闇の力。

神をも呑み込むほどの闇の力。

もしかしたらと思ってはいた。

だがまさか本当に繋がっていたとは。

ならば、叫び続ける復讐の声は、アマデウスのものか、それとも…………。


闇を漏らしながらゆらりと立ち上がる。


「復讐者……アマデウス。記憶に焼き付けろ。心に刻め。忘れてはならぬ。俺は、復讐を果たすまで……止まる訳にはいかない‼」


「…………成程。君は君らしいな」


ヴィシュヌは優し気に微笑むと、先程までとは段違いの気配を放つ。


「手加減をしていると、こちらが負けてしまいそうだ」


遂に、ヴィシュヌの方から動いた。

一瞬にして距離を詰めると、アマデウスの腹に力強い蹴りを叩きこんだ。

だが、ヴィシュヌの足は闇に呑み込まれていた。

しかしヴィシュヌはにやりと笑みを浮かべ、闇ごとアマデウスを蹴り飛ばした。

血を吐き吹き飛ぶアマデウスは、地面を転がり、止まると即座に体を起こす。

体勢は低く、血を拭いヴィシュヌを見つめる。


「確かに、貴様の闇は神をも呑む。故にゼウスは恐れ逃げた。だが我は違う。我は貴様から逃げなどせぬ。どちらかが死ぬその時まで、殺し合おうではないか」


ヴィシュヌの言葉を合図に最高神と神殺しによる壮絶な戦いが幕を開けた。




闇が星を包み込み、その中で二人は戦いを続ける。


「星は呑めども我は呑めぬか」


「黙って呑まれろ」


波の如く押し寄せる闇をヴィシュヌは蹴散らす。

楽しむように笑うヴィシュヌと怒りに顔を歪めるアマデウス。

戦うふたりの表情は対照的であった。

ヴィシュヌは自信を阻む闇を蹴散らしながらアマデウスへと近付いていく。

アマデウスは身体を逸らし拳を避けるが残った脚を掴まれ地面に叩きつけられた。

跳ねた身体をそのまま拳が貫通する。

血を吐くアマデウスは蹴飛ばされ転がされるが立ち上がった時腹の穴も含め全ての傷は塞がっていた。


「魔人であることを忘れるな。自分が何者であるかを忘れるな。でなければその復讐に、その生に意味はない」


ヴィシュヌの言葉はアマデウスを苛立たせる。


「そんなのわかってる。俺は魔人で俺はアマデウス。無き同胞の復讐を誓った最後の魔王だ‼」


そう叫ぶと星を包み込む膨大な闇を纏い、そんなアマデウスにヴィシュヌはより一層笑みを深める。

戦いは激化していく。

殴り合い蹴り合い、身体をぶつけ合わせる。

暴れるように戦うアマデウスに、ヴィシュヌが合わせる。

ぶつけた合わせたアマデウスの足が吹き飛ぶ。

ぶつけ合わせたアマデウスの拳が砕ける。

千切れ貫き抉る。

すぐさま再生させ、戦いを続けた。

吹き飛ばされようと、距離を詰め殴り掛かってくる。

全ての攻撃に闇を纏わせ、一瞬たりとも集中を切らさない。

腕も脚も一時的になくなろうとも、次の攻撃までが異常に速く、それはもはや連撃とも呼べるほどであった。


そうだ、作り替える必要などない、君は君だ。

神を取り込みものにしろ。

君は魔人のままに神を殺せ。

でなければ、我を失い何者でもなくなるから。

俺は全知じゃないからわからない。

わからないからこそ、未知を知っている。

だからこそ俺は、人の可能性を信じてる。

頼んだぞアマデウス…………分からず屋をぶち殺してこい。


突如ヴィシュヌの動きが変わった。

力の差を見せつけるように戦っていたヴィシュヌが、アマデウスの攻撃を避けたのだ。

拳を避け、隙の出来た胸に一撃叩き込む。


「アヴァターラ」


今までとは全く違う異質な攻撃。

吹き飛ばされるでもなく、血が出ているわけでもない。

だというのに、アマデウスは膝をついた。

ヴィシュヌの肩に掴まり、意地でも倒れまいと、何をされたかもわからないままにヴィシュヌを睨み、闇を広げる。


我が名はヴィシュヌ。

可能性を信じた神である。

我の全てを託そう。

アマデウス…………がんばれ。


ヴィシュヌはアマデウスを抱きしめるようにして消えていった。

優しい声が耳元で聞こえたような気がしたが、意識が薄れていくアマデウスに気にする余裕はなく、崩れるように地面に倒れた。

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