復讐の魔王編

第14話 何も無い世界

アマデウスが目を覚ました時、周りには何もなかった。

人も、建物も、山も谷も。

木も草もなく、水もない、枯れた大地が広がっていた。

徐々に記憶がよみがえってくる。

気絶する前、神を名乗る者が全てを奪っていた。

今も目を瞑れば、まぶたの裏には死体の山が映っている。

失ったことが悲しくて、辛くて、泣き叫びながら暴走した。

泣いて泣いて泣いた。

もう泣き止んだ。

今心の内にあるのは、奪った者への怒りと憎悪だった。

神が現れたのは天である。

あの日黒雲が覆っていた天。

だが今はアマデウスの闇によって黒雲は全て呑み込まれ青空が広がっていた。

見上げても、そこに神はいなかった。

神がもし、もっとずっと遠くにいるのなら、アマデウスにはそこへ辿り着く方法が無かった。

心の内で燃える炎を、ぶつける先がどこにもなかった。

誰もいない。

何もない。

それを理解しながらも、湧き出る負の感情をぶつけられる何かを求めて放浪した。

水分も食料も必要なかったのが救いだったのかはわからない。

ただ、まだ生きているのに自分から死ぬことだけはしたくなかった。

何もない世界で、何も為せないかもしれない。

だが、生きている限り、何かを為さなければと思ってひたすらに歩き続けた。

疲労は蓄積し、やがて地に伏し瞼を閉じる。

そんな時だった、天が割れたのは。

そこには白い翼を持ち、頭の上で光輪を輝かせる無数の戦士がいた。


数が違う、見た目が違う、気配が違う。

ゼウスではない。

だが、天を割り現れたのは事実だ。

神、もしくはそれに準ずる何か。

何であろうと構わない。

何故ならば、俺が求めていた……湧き上がる感情をぶつけることの出来る相手なのだから。


アマデウスは立ち上がり天を睨む。

溜まっていたはずの疲れはもうない。

重い瞼が今は簡単に持ち上がる。

意識がハッキリとしている。

己の全てが訴えかけてくる……理性を捨てろと。

瞬間、アマデウスは闇を纏う。

天から降り注ぐ光の矢。

だがアマデウスは避けようとしない。


あぁ、そうだったのか。

戦争を終わらせようと動き出した日の攻撃、あれはお前たちによるものか。

成程、俺の復讐の対象であったわけか。

もう邪魔するものは何もない。


「全て殺す‼全て呑み込む‼」


アマデウスは広げた闇で光の矢を全て呑み込んだ。

だが、闇を切り裂く者がいた。


また呑み込めぬか。


剣を腰に携えた男は、地上に降り立つと口を開いた。


「我等は天使。天に使われしものなり。神の意向に従い、二代目魔王アマデウス……貴様を殺す」


それだけ言うと、男は剣を抜きアマデウスに斬りかかってきた。


―――――速い‼

これ程の戦士は初めてだ。

成程、ゼウスの使いなだけはある。

だが、圧倒的な実力差は無い。

ならば、奪い取ってやろう。


アマデウスは闇の中から剣を取り出し応戦する。

確かに相手の方が強い。

だが、アマデウスは致命傷となるような攻撃は全て防ぐか逸らす。

天使の動きを観察し、模倣する。

動作の確認が終われば、自身に合わせアレンジを加え最適化する。

そうして相手の技術をすべて奪い、相手の攻撃に完璧に対応できるにまで至った。

だが、天使と魔人では肉体の性能に大きな差が存在する。

神が自分の為に作ったものと、世界で暮らす実験体として用意したもの、性能に差があるのは当然である。

そしてさらには、天使は魔術を扱えた。

スペックだけが使えた魔術。

それは本来天使が扱うものであり、スペックが世界の神秘に近付いたために偶発的に使えるようになった代物。

その魔術を、天使は肉体の強化に回しアマデウスとの肉体の性能差をさらに広げていた。


魔術か、全くもって原理がわからない。

まるでそこにないものを奪おうとしているようだ。


アマデウスが魔術を奪えないのも当然で、魔術とは己の内を見つめることで初めて扱えるようになるものであり、他者から奪うという魔人の性質とは対極に位置していた。

アマデウスも闇を纏い肉体の性能を上げているとはいえ、本来の使い方ではない為魔術ほどの効果は無く、天使との肉体性能の差は埋まらない。


魔術の解析は不可能。

しかも一人が相手でも負けかねないのに、上では第二波の用意が進んでいる。

どうすればいいか、そんなことはわかってる。

奪えないのだから、呑み込めばいい。

俺は覚えている。

暴走している間に放った、ゼウスが恐れた闇を。

あの時の感覚を思い出せ。

復讐の炎を燃やせ。

怒れ怒れ怒れ。


「闇よ……全てを吞め‼」


アマデウスが剣に纏わせ放った闇は、剣をぶつけた天使を呑み込んだ。


「うっ、うぅ……あぁ、ぁ」


アマデウスはその場にうずくまる。


痛い痛い痛い痛い。

身体が、灼ける様だ。

あぁぁぁぁぁぁ‼

闇が、闇が俺を呑み込む。


「あぁ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」


アマデウスは痛みに叫びながら視界の端に見えた光の矢を何とか闇で呑み込んだ。

痛みに倒れ込むと、地上に降りてきた天使に突き刺された。

血を吐くアマデウスであったが、槍を伝い天使を闇が呑み込む。

二人三人と降りてきてアマデウスを貫き呑み込まれる。

怪我による痛み以上に、闇の暴走と正体不明の身体を灼く痛みに呻き声を漏らす。

あまりの痛みに、アマデウスは意識を失った。

動かないアマデウスに勢いよく振り下ろされる剣。

首に触れるその時、アマデウスは目を覚まし剣を弾き飛ばした。


「ようやく身体が動かせる。どうやら時間はあまり経っていないようだな。死んでいないなら上々だ。それに……闇の扱い方も解った」


そう言うとアマデウスは目の前の天使を闇で呑み込んだ。


「今はもう、俺が呑み込まれることもない」


天を見上げ、アマデウスは哂う。


「空が飛べるというのは、便利なものだな」


アマデウスはその背に闇で羽を作り上げた。

そして空へと飛び上がってみせた。

天はお前達だけの領域では無いとでも言うように。

向かい来る天使を斬り、天へと一直線に上る。

だが、突如視界を埋めるほどの数の天使が現れた。

アマデウスは驚きながらも速度を上げ、殺した天使の剣を奪い、さらに天使を処理する速度を上げながら天へと飛翔する。

押し寄せる天使の大群、その狙いは割けた空が元に戻るまでの時間稼ぎであった。

あと一歩、あとほんの少しだけ届かない。

それを理解しているアマデウスは、持っている剣を勢いよく投げた。

閉じる空、そのギリギリの隙間に剣は入り込み、向こうの天使を一人殺した


「さて……残った奴らは皆殺しだ」


時間稼ぎの為こちら側に残り、最短距離にいなかったためにアマデウスに一度無視された天使。

だが、今はもうここにはその天使たちしか存在しない。

元より神の意向に従いアマデウスを殺すつもりだったため残った天使はアマデウスへの攻撃を開始する。

だが、それよりも早く、アマデウスの攻撃が全ての天使を切り裂いた。


「もう終わりか」


それと同時に復讐相手が空の向こうへと消え、落胆の声を漏らす。


「あぁだが、確かに奴はいた。天の彼方にいた。こちらに来れるのならばこちらから行く術もあるはず。早く乗り込み殺さねば、復讐を果たさねば。そのために、もっとずっと強くなれねばだな」


アマデウスは復讐の為、貪欲に強さを求めた。

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