第13話 終戦

「まさか、これほど上手くいくとはな」


「あら、あなたの予定通りでしょう?アマデウス」


手すりに座り街を眺めるアマデウスに少女が近づく。


「あぁ、予定通りだ。確かに魔人を殺すことに異様なほどの執着を見せる聖人の相手には苦労した。だが、ここまであまりに順調で、目標としていた平和が、連合国という形が出来つつある」


ずっとずっと願っていた平和。


「だが、到達した先が、我には見えぬ。不安なのではない。ただ、空虚なのだ」


平和な世を手に入れ何をする?

わからない。

平和を求めていたから、それ以上がわからない。

不老と再生能力を持つ民に、一体何を与えればいい。


「ねぇ、前に言ってた話。構わないわよ」


「……なんだ?その話というのは」


「えと、前に言ってた話っていうのは……私とアマデウスが、その……夫婦になるっていう」


「あぁ、そういえばそんな話をしたな」


アリアは頬を赤く染める。


「もちろん、あれが平和の為に、魔人と聖人の懸け橋としてっていう目的があって。今はもう、その必要が無いのも解ってる。けど……」


「お前と出会って三年になる。最初の一年は全く会っていないが、残り二年は共に行動した。傍で、お前を見ていた」


アリアが頬をさらに赤くして手で顔を覆った。


「二年間お前の事を見て、お前の事をよく知れた。良い所も、悪い所もあった。だが、この婚約を断る理由は無かった」


アリアは顔を上げ、指の隙間から目をのぞかせる。


「我の事を好いているか?愛しているか?」


何度も頷くアリアに、アマデウスは苦笑する。


「言葉にしてほしいものだが、そういうところも、お前の良い点なのだろうな。恥ずかしくて言えぬのなら、我が代わりに言おう」


アマデウスはアリアの前に立つと、しゃがんでアリアを見上げる。


「大好きだ。愛している。アリア、結婚しよう」


アリアは何度かまばたきした後、アマデウスを勢い良く抱きしめた。


「ありがとう、ありがとう。大好きだ。これから先がもっと楽しみになった」


「なぁ、こういう時ってキスするものじゃないのか?」


「……それも、そうね。じゃあ、立ち上がって」


アマデウスを抱きしめるのを止め、立つように促す。


「しゃがんでいた方がやり易いだろう?」


「いいから立って」


アマデウスは言われるがままに立ち上がる。

アリアは背伸びをして上目遣いでキスをしようとしてきた。


成程、これは惹かれるな。


それでも届かなかったようで、アリアを眺めるアマデウスの首に手を回し引き寄せる。

二人の唇が触れ合う。

その時、外に大きな雷が落ちた。

アリアとの時間を終わらせ、アマデウスは手すりから身を乗り出すようにして辺りを見渡す。


「スペック」


「ここにいる……俺じゃないからな」


「わかっている。それでどう見る?」


雷を落とせるような者はスペックしかいない。

だが、スペックがやったとは到底思えなかった。


「魔人も聖人も見てきたが、俺以外に魔術を使える者はいなかった。もしいるとするなら、国を出た者か……魔人でも聖人でもない見たことも聞いたこともない他種族だ。それに少なくとも、俺より強い魔術師だ」


「そうか。スペックよりも強い魔術師……面倒な輩だ」


突如天が割れた。

いつまでも晴れぬ天を割り、光差す天の向こうから何者かが現れる。


「我は神なり。全知全能たる最高神ゼウスである。我は認めぬ。終焉とは滅びであり、どちらかが滅ぶことでしか平和は手に入らぬ。他の道を往くというのなら、我の手で終わらせる」


それは神による世界終焉の宣言であった。

天で雷がバチバチと輝く。


「随分と偉そうな種族だな」


アマデウスは闇から漆黒の剣を取り出す。

そしてアマデウスは空高くにいるゼウスへと距離を詰める。

放たれた雷をアマデウスは剣で受け止める。


「呑み込めない⁉ならば……」


アマデウスは力任せに雷を弾いた。

雲に穴を空ける雷を見ながらアマデウスは落下する。

地面に落ちたアマデウスは身体中から血を流していた。


「アマデウス⁉」


近付くスペックをアマデウスは制止する。


「焼けただけだ、問題はない。ただ、我の闇でさえも呑み込むことが出来なかった」


「それはつまり……」


「我よりも強き敵かもしれん」


アマデウス以上。

それは、誰も勝てないということを意味していた。


「さて、どう戦ったものか」


天を仰いだその時、先とは比べ物にならないような雷鳴が轟いた。


待て。

先の雷が最高では無いというのか⁉


「俺がやる」


スペックは雷を引っ張るように空を昇らせゼウスの雷にぶつけた。

腹に響く様な音と、目を瞑りたくなるような輝き。

しかしスペックの放つ雷では足りず、一瞬止めることしかできなかった。

だがその一瞬でスペックは魔術を発動させ、自身に雷を集め地上に一切の被害を出さなかった。

地面に落ちたスペックは、立ち上がろうとしたが地面に倒れる。

何度も試してみるが腕で身体を支えることもできない。


「すまない、アマデウス。体に力が入れられない」


「…………駄目か。どうやら肉体だけを呑み込みその雷を取り除くことは出来ぬようだ。あぁ、最悪だ。次が来る」


雷鳴を轟かせ、雷が落ちる。


「呑み込めぬなら、ぶつけるだけだ」


一瞬でいい。

一瞬で構わないから、時間を稼がねば。


剣に纏わせた闇を空に、雷に向け放つ。

呑み込めずとも、抑える事くらいは出来るだろうと。

抑えられたのは一瞬だけ。

一秒にも満たない時間。

だが、今のアマデウスにとってはそれで充分であった。

聖人と魔人が、足下に広がる闇に呑み込まれた。

それは、アリアとスペックも例外ではない。

次に外に出た時、アマデウスは地面に力なく転がっていた。


「アマデウス⁉」


「どうやら、闇の中であれば外の影響は受けずに済むようだな。だが、我まで中に入ってしまえば、何処に出るかが解らなくなる。済まぬな。ほんの数分しか護ることが出来なかった。あぁ、まだ次が来るのか」


うつ伏せのアマデウスの耳に雷鳴が聞こえる。


これ以上闇を広げられないか。

全てを護れないのか。

あぁ、なら……お前だけでも。


アリアに手を延ばす。

闇が、アリアへと近付いていく。




無理だ。

どうやっても彼の雷を止められない。

アマデウスはその身を削って護ってみせた。

けれど、私には出来ない。

ごめん、ごめん。


「ごめんなさい、アマデウス」


貴方を残して逝く私を、どうか許して。


アリアの放った光が、闇ごとアマデウスを包み込んだ。




身体が、動かない。

何が起きてるのかはなんとなくわかる。

魔力はまだあるけど、外部には干渉できない。

癪だけど仕方ない。

四の五の言ってられない状況だ。

意味わからんあの野郎の雷を使う。


身体から雷を引き剥がす。

まるで骨から肉がはがれるような異常な激痛に歯を食いしばりながら天に雷を放った。

雷がぶつかり合い、その衝撃でスペックは吹き飛ばされる。

そして雷は地上へと落ちる。




包み込む光が消えた後、アマデウスが目にしたのは、滅びであった。

建物は崩れ、人は皆焼き焦げ、死に絶えた。


「何が……なんで……」


魔人も、聖人も、全て死んだ。

ただ一人、アマデウスを残して。

神の手で、殺された。

アマデウスは魔王といえども齢十三の子供である。

ただの子供が、よく今まで国を背負い、魔王として民を導いてこれた。

だが、ここが限界だ。

少年は、全てを奪われた。

国も、民も、愛する者も。

ここには何もない。

あるのは死体の山だけ。


「あぁ、あぁ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」


アマデウスは何も見えなくなっていく。

天で轟く雷鳴が、どんどん遠くなっていく。

アマデウスは、自己を落ち着けることなど出来なかった。

闇が凄まじい速度で広がっていく。

民であったものを、国であったものを、全てを呑み込んでいく。

呑み込み、闇が引くと、アマデウスは立ち上がり、天を見た。


「お前は……敵か?」


落ちる雷を、アマデウスは呑み込んだ。

止まる事の無い闇は、ついにゼウスにさえ届く。

だが、あと少しのところでゼウスは天高く上り、逃げてしまった。

標的を失ったアマデウスは、ただひたすらに果てまで闇を広げ続ける。

意識あっての事では無く、ただ無意識に、この世界のどこにも、敵がいないことを確認するために。

世界を闇が覆った時、アマデウスはその場に倒れた。

襲い来るものは何もない。

この世界に、アマデウスの知る者は何もない

アマデウスは……独りになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る