第15話 シヴァ
眠っていたアマデウスは飛び起きると空を見上げる。
空は割け、そこから何者かが降りてきた。
この気配は……紛れもなく神のもの。
天使とは比べ物にならない。
あぁだが、奴はゼウスではない。
「何者だ」
「……シヴァ。お前を破壊しに来た」
「破壊?ハッ、殺されるのは――――――⁉」
怒りを顔に滲ませながら笑ったアマデウスの足が吹き飛んだ。
「うるせぇ。最高神としての役割ほっぽって来てるんだ。喋る暇があるなら抵抗してみろ」
アマデウスは瞬時に闇の中へ入りその場から一度離れようとする。
「逃がすとでも思ってんのか」
アマデウスは消えたはずの闇から無理やりに弾き出される。
倒れたアマデウスは腹を吹き飛ばされ辺りに臓物を撒き散らす。
痛みに顔を歪めていると、頭を掴まれ持ち上げられる。
「ゼウスに言われて仕方なく来てみたが、拍子抜けだな。この程度なら、適当な奴に任せればよかった」
ため息を吐くシヴァの額の眼がアマデウスを見つめる。
「もうよい。我が第三の眼を以て、灰燼と化すがいい」
アマデウスの身体が炎に包まれる。
異常な痛みを伴いその身を焼かれアマデウスは絶叫する。
「まったく、下らないことで呼びだされたものだ」
天へと帰ろうとするシヴァ、だがその時、辺り静まり返った。
振り返るが、そこにアマデウスの姿はない。
「我が炎は世界を灼く。闇に逃げようとも闇ごと燃え尽きるはずだが……何をした」
闇から弾き出されるアマデウス。
防いだ両腕の骨が砕け、肉を裂いて外へ飛び出す。
「何をしたか?闇がお前の炎を呑み込んだだけだ」
当然のことのように言うアマデウスだが、腕は血だらけで動かせず、時折血を吐き、立っているのもやっとの状態だった。
「全てを呑む闇か。ゼウスの奴は随分とふざけたことをしてくれる。他の神に知れ渡ればどうなる事か。だが、一先ずはお前の破壊が最優先だ」
何かを予感したアマデウスはその場から離れた。
「何を見た」
「ただの予感だ」
「そうか」
アマデウスはシヴァの放つ不可視の攻撃を避け続ける。
身体はギリギリではあったが、死ぬわけにはいかなかった。
避けて避けて避けて避けてそして、ついに避けきれず右足が吹き飛ぶ。
咄嗟に闇に入り追撃を逃れるがすぐに闇から弾き出されてしまう。
口元には血が付いており闇の中で吐血していたことが窺える。
脚はすでに治っており、既に両の脚で立てる状態となっていた。
「随分と回復が早いな」
「破壊の概念を見て、喰らってきた。その逆に位置する再生を理解できても不思議ではないだろう」
「一を知り百を予測する。異常な成長は人間の真骨頂か。確かにゼウスが殺せと言うのも理解できる」
……さて、あともう少し、もう少しで身体がまともに動くようになる。
それまではなんとか―――――⁉
アマデウスは突然血を吐き地面に崩れるように倒れた。
何が起きた?
何をされた?
突然、俺の胸に穴が開いた。
何も見えなかった、何も……あぁ、速過ぎたのか。
視界の端に映るシヴァの手に、真っ赤な血が付いている。
地面に垂れる血、それは紛れもなくアマデウスのものだった。
「まだ生きてるなぁ」
「…………」
「まぁ、返事なんざ関係ない。ここで終わらせる」
……………………。
アマデウスは何もしない。
ただ、動かず、全神経を研ぎ澄ませる。
ただ一瞬に備えて。
迫りくるシヴァ、視認すら不可能な速度、構えられた拳が空間を歪める。
………………間に合った。
目の前に迫るシヴァの拳を、アマデウスはすり抜けた。
背後に回るアマデウスの胸は塞がっており、他の怪我もすべてが完治していた。
「ようやく呑み込めた。ここから、反撃開始だ」
「反撃開始、か。傷は無く、先よりも強くなった。そうかそうか、成程。では、名乗るとしようか」
何かに納得すると、シヴァは笑みを浮かべ名乗る。
「三最高神が一柱、破壊神シヴァ。ゼウスの頼みで貴様を破壊しに来た。して、貴様の名は?」
「…………二代目魔王アマデウス。無き同胞の復讐の為、神々を殺すべく立ち上がった」
「では、死合おうか」
シヴァは距離を詰めアマデウスに殴りかかる。
ギリギリの所でアマデウスは防いだが、踏ん張り切れず吹き飛ばされた。
その後も着地さえ許さない追撃が繰り出されるがアマデウスはその全てを防いでいる。
ギリギリの所で、腕の肉を削ぎ落されながら。
速い、速過ぎる。
こちらから動けば殺される。
だからといって防いでるだけでも殺される。
出来る限り、時間を稼がなければ。
全ての攻撃が、踏ん張ろうとも一撃で吹き飛ばされるほどの威力であり、それが連撃となりアマデウスに襲い来る。
辛うじて防ぐが、シヴァの破壊はアマデウスの身体を、そして魂までも摩耗させる。
駄目だ、意識が朦朧とする。
今にも気絶しそうだ。
これ以上は、もうもたない。
動かざる、おえないか。
アマデウスは拳を握り、シヴァの拳とぶつけ合わせた。
その瞬間アマデウスの右半身が完全に破壊された。
力なく倒れるアマデウスの身体から血は流れておらず、まるで最初からそこには何もなかったかのようだった。
あぁ、やはり時間が足りなかった。
あともう少し時間があれば、呑み込むことも出来たやもしれなかったというのに。
シヴァは空高く上る。
辺り一帯が見渡せるよう。
より広範囲を破壊できるよう。
決して逃がさない。
だからといって近づくこともしない。
アマデウスに呑み込まれぬよう、アマデウスを壊す。
「たくっ、注文が多いんだよ。星を破壊するなとか、力加減が面倒過ぎるっての」
シヴァはずっとやり過ぎないよう最小限の力で戦い続けていた。
最初の炎も、アマデウスのみに狙いを絞れば破壊の力よりもずっと周りを気に掛ける必要が無かったから使ったに過ぎず、今までの攻撃も、周りまで壊さないよう力を抑えていたからアマデウスに防がれていたのであり、一度たりともしたことの無かった周りを気にしての戦いに勝手がわからず苦戦していた。
だがそれも終わり。
シヴァは世界を、星を巻き込まない程度の戦い方がようやく理解でき、十分の一くらいなら壊しても問題ないだろうと次の一撃を以てアマデウスを破壊しようとしていた。
「さよならだ」
シヴァは腕を振り下ろす。
途端、地面が割れ、崩れていく。
動けないアマデウスの身体にもまた亀裂が入り崩れていく。
…………左腕は、壊れたか?
既に感覚がないのだからどちらでも変わらないか。
もう、終わりの時が近づいている。
神を相手に出来るほど俺は強くなかった。
復讐の炎は今だって燃え続けている。
だが、動かない身体では何もできない。
何も出来ない程に俺は弱かった。
地面を伝う振動が、鼓膜を震わす音が、アマデウスに終わりを知らせる。
諦めきれずとも、自分には何もできないことだけは理解していた。
その時どこかから声が聞こえた。
《アマデウス、魔術は闇や光とは違う。万能だ》
……スペック。
それは懐かしい記憶。
いつかの日に交わしたただの何気ない会話。
闇は全てを呑み、光は全てを照らす。
だが魔術は、闇でも光でもない魔術は、それ以外の全てであった。
あぁ、あぁ、そうだな。
魔術は万能、お前の言葉だ。
スペック、我が親友よ、有難う。
ようやく、魔術を理解した。
アマデウスは全てを奪われた日に奪われた全てをそのまま呑み込んでいた。
闇の中にはアリアやスペックの身体もある。
呑み込み、奪い取る種族魔人。
その王は原初の魔術師スペックの肉体をすでに手に入れていた。
だが、魔術という理解不能な原理を前に何も収集することが出来ずにいた。
それが天使との戦いにより変わった。
天使を、いくつもの魔術師を呑み込むことに成功した。
沢山の事例を手にし、アマデウスは今、ついに魔術を理解した。
「お前との戦いは意外と楽しめた。死後の世界では良い子にしてろよ。次に会う時を楽しみしている。もし生まれ変われたのなら、もう一度会いに来い。さらばだ、アマデウス」
別れを告げるシヴァの背後から声がする。
「悪いが我に死ぬ気はない。そして、ここで死ぬのは貴様の方だシヴァ。生まれ変わりなどない。貴様は闇に呑まれるのだから」
咄嗟に振り返りながら、手加減無しの一撃を見舞う。
だが、シヴァの全力の一撃をアマデウスは受け止めてみせた。
「どうやって生き残った。そして、どうやって防いだ」
「今しがた限界を超えた」
「ハッ、最悪な成長だ」
シヴァの連撃を、だがアマデウスは今度はカウンターを織り交ぜながら戦えていた。
シヴァは力加減を覚えたが、それはまだ時間あっての事。
連撃となるとやはりまだうまく出来なかった。
だがそれでも先程までよりもずっと早くずっと重い攻撃なのは間違いなく、そんなシヴァを相手に戦えるほどにアマデウスは急成長を遂げていた。
これが魔術か。
成程、この万能感は魔王となった日以来だな。
久しい感覚というのは寂しく、そして悲しいものだな。
「時間稼ぎなんざされてたまるか‼」
シヴァによる精一杯星を労わった一撃。
それは下から抉るように放ったアッパー。
その一撃は確かにこの星に被害は出さなかった。
だが、天の星々を綺麗に消し去った。
「時間稼ぎなら、既に終わった」
シヴァの攻撃。
今までであれば隙にすらならないような一瞬の隙。
だがその隙を今のアマデウスは突くことが出来た。
アッパーを放ったシヴァの右腕をアマデウスは掴む。
そこから闇がシヴァを呑む。
「俺がお前の攻撃から逃れ切った時点で既に時間稼ぎは終わっていた。あとはどのタイミングでお前を呑み込むか、それだけだった」
「そうかよ。じゃあ一応、悪足掻きさせてもらおうか」
そう言うとシヴァもまたアマデウスの腕を掴み自身の持つ破壊の権能をアマデウスに向け全力で放つ。
だが、既にアマデウスはシヴァの権能を、神格を、奪った後であった。
確かにアマデウスはシヴァの権能を再現することはできない。
しかしアマデウスはシヴァの権能に耐性を付けた。
通用しないわけではないが、星にまで気を使わなければならないシヴァの出力ではアマデウスに殆どダメージを与えることが出来なかった。
「……もう遅い、か。なら好きしろ。復讐だろうが何だろうが、中途半端で終わるな。神様からの有難い言葉だ、しかと記憶しろ。わかったな?」
「……神の言葉など知らん。だが安心しろ。神は全て殺す。ただ一人の例外なく」
アマデウスの憎悪の眼に、シヴァは複雑そうな表情をしながらも、その芯が折れぬことだけは確かであると確信し、素直に闇に呑まれていった。
……終わった、勝てた。
一人だけだ。
まだたったの一人だけだが、神を殺した。
ゼウスとはまるで違う神、破壊神シヴァ。
殺したんだ、神を。
ようやくだ、ようやくスタートラインに立てる。
シヴァの全てを奪えた時、神殺しを始めよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます