第11話 魔王アマデウス
そこにいたのは、闇を纏う魔王であった。
「剣を収めろだと?戦争を終わらせに来た?貴様が何かした程度で戦争は終わるわけがないだろう‼」
「貴様が魔族たちを殺しに殺した聖人だな?ならば話は早い。我が妻となれ」
「その頭蓋、一度砕いてやろうか?」
「魔人と聖人の重要人物が婚約を結ぶというのはわかりやすくていいと思うのだが」
少女は初めて口を閉じ思考した。
「……ただそれだけで戦争が終わるようには思えない」
「では殺しを続けると?」
「それは……」
「平和のために一つの国が動いたところで意味がない。やるならば二つの国でだ。停戦し、終着点を探し出さねばならない」
それは、実質的な戦争の終わり。
相手を殺すことでしか平和は手に入らないと、戦争を再開させた側が悪となる。
護る《正義の》ための戦いがただ殺す《悪を為す》のみの戦いに変わる。
正義を殺すことの出来る兵はそういない。
果たして、聖人は協力して魔人を殺すという選択を取ることが出来るだろうか。
「婚約はしない。けれど、話し合いには応じる。私だって、平和を望んでいる」
ここで聖人と言わず私と言う辺り、聖人を信じていないのだな。
果たしてこれが彼女の性格によるものなのか、聖人の本質的なところなのかは不明だが、器が足りぬ。
あれだけ必死に平和を求め戦った者が、護ろうとした民を信じぬというのは異常だ。
繋がらない。
平和を求めているのに、民を護ろうとはしていない?
あり得るのか?
そんな思考が、感情が。
あぁだが、此奴が何者であるかを考えていられるほど時間に余裕は無いか。
仕方ない。
「スペック、力は使えるか?」
「休憩させてもらえたし少しだけなら」
「では我ら二人を空に浮かしてくれ。兵に声を届ける」
「了解だ」
「問題はないな?」
「え、えぇ。大丈夫」
スペックは二人に触れる。
目を瞑り集中し、戦場を一望できるほど空高くへと飛ばした。
「「………………」」
戦いは続いている。
呼吸を整え、アマデウスは声を上げた。
「我は魔王アマデウス」
「私は聖女アリア。お願いです、武器を収めてください」
アリアの声は届かない。
「お願いします。どうか武器を、戦わないで……だれも、殺さないで。お願い、します」
一人の聖人がアリアを睨んだ。
「ふざけるなぁ‼このままいけば全ての魔人を殺せる。あと少しで、戦争に勝利出来る。止まる理由などどこにもない‼」
アリアの意思とは裏腹に、戦いは激化していく。
「なんで、止まらないの?どうして、戦うの?」
これが聖人。
未だ自分の価値を知らぬか。
そして、やはりおかしい。
武器を捨てぬ理由が、殺されるからでは無く殺せなくなるからというのだから、固執しているのは勝利では無く殺すこと?
それとも、ただ盲目的になっているだけなのか?
どちらにせよ、聖人は自分たちの命を道具としか思っておらず、勝利の為ならばといもたやすく命を投げられる馬鹿者だ。
ならば示そう、他の道を。
「武器を捨てよ。平和の為、武器を捨てよ」
アマデウスの声に兵士たちは空を見上げた。
聖人が睨み、声を上げる。
「捨てる?平和の為に?いいだろう、捨ててやるさ…………ほらよ‼」
聖人は持っていた武器を投げ飛ばした。
武器はアマデウスの腹に深く突き刺さり、血を滴らせる。
隣で見ていたアリアは息を呑む。
だが、アマデウスは笑った。
「感謝する。貴公のお陰で平和な世に一歩近づいた。さぁ、他の者も武器を捨てよ」
王が敵の刃を受けた。
魔人の間にぴりついた空気が奔る。
だが、魔人は持っていた武器を全て捨てた。
敵である聖人はその行動に驚愕する。
「ふざけるなぁ‼」
聖人の持つ剣が魔人の腹部を刺し貫いた。
魔人は痛みに呻き声をあげ、血を吐き出す。
だが、聖人の剣に貫かれたというのに、魔人は死ななかった。
聖人の剣から、光が失われている。
「これは」
「聖王の力で魔人は闇の力を失った。ならば、魔王の力で光を失わせることも可能であろう」
聖人から光が失われた。
それは魔人が聖人の攻撃を耐えることが出来るようになったということ。
ついに魔人は死なずに全力で戦うことが出来るようになった。
それは誰もが理解したこと、無論聖人も。
だからこそ、聖人は叫んだ。
「何故だ……何故反撃しない‼」
魔人はただ聖人の攻撃を無抵抗で受けるのみ。
幾度斬り付けられようとも、ただ受けるのみ。
だが
「何故、殺さない?」
無抵抗でありながら、誰一人として死者が出ていなかった。
「勝利の為に必要と思っていた殺しが必要ないかもしれないと、そう思ってしまったから」
そして、殺さなくても構わない。
今まで殺してきた、奪ってきた命と向き合わされる。
殺さなくても済んだかもしれないのに殺し続けた。
ようやく聖人は命の重さに気付いた。
欲するのは罰だろうか、殺さず行き場のない怒りに身を任せ攻撃し続ける。
殺さないのならば構わぬ。
魔人は聖人と違い丈夫であるからな。
一人また一人と、聖人が崩れるように膝を付いていく。
「すごい。戦いが、終わっていく」
そしてすべての戦いが収束したとき、遥か遠方から放たれた光の矢が降ってきた。
厄介な。
「させない」
アリアは手に溜めた光を天に放った。
光は空を埋め尽くし、盾となって戦場にいる兵士を護った。
「平和へ続く道は閉ざさせない」
そうだ、貴様は我ら魔人を聖人の手から護らねば信頼は手に入らない。
そして信頼は、平和を築くために必要なものだ。
「アリア、国を治めよ。民を統べよ。それこそが、平和へと続く道だ。決して我の傀儡にはなるな。貴様の意思で、貴様の思う平和の為に戦え」
「……わかってる」
兵に告げられる帰還命令。
茫然としながらも剣を鞘へと納め重い足取りで国へと帰っていく。
魔人の不思議そうな表情に気付いた聖人が一言呟いた。
「この剣以外使う気が無いから持って帰るだけだ」
鼻を鳴らして再び歩き始めた。
なんだ、やっぱり誰も殺したくないんじゃないか。
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