第10話 三年
アマデウスが眠りについてから三年。
未だ戦争は終わっていなかった。
どうなってやがる。
俺と、父上と、ウィータの三人でようやくあの少女を相手出来ている。
それ自体は不思議じゃない。
まぁ質で圧倒するはずの魔人が三人がかりで聖人一人を相手しているのはどう考えてもおかしいが、それ以上におかしいのは、聖人の数が減らないこと、むしろ増え続けていることだ。
魔人はその成長速度と肉体の性能において聖人を圧倒する。
聖人は魔人の弱点を突く武具と異常なまでの兵の数で魔人を圧倒する。
一撃必殺とも呼べる武具を持つ聖人四人に囲まれようとも、相打ちに持っていけるほどに魔人は強い。
一人が四人を殺そうと、拮抗した状態を崩せない程に、聖人の数は多かった。
だが今の魔人は違う。
死なずに六人七人と殺せるだろう。
だというのに、拮抗した状態を崩せないどころか聖人の数が増え続けている。
子供ってどうやって生まれるんだ?
……ともかく同じ人である以上は、生物的に、物理的に不可能の無い増殖方法のはず。
今までの倍以上の速度で増える理屈がわからん。
俺と父上とウィータが他の兵士の相手を出来れば、この速度なら何とか持ちこたえられるが、こいつを自由にすれば敗北がさらに早まる。
いつだ、いつまで耐えられる。
二年前の十倍どころの話じゃない。
このままだと二十倍三十倍と人数差は大きくなり続ける。
その上、今の魔人はすでに精神的にも肉体的にも最高の状態。
一年前や二年前の様に、ここから急激に強くはなれない。
いつまで耐えられる。
聖人を殺しても、その倍以上の聖人が戦場に来る。
死者が増え続ければ、命を背負う魔人の刃は鈍る。
まだ百年以上続く戦争での死者数を越えてはいない。
アマデウスが背負っている命の重さは自分たちとは比べ物にならないことを皆理解しているからまだ挫けずにいられているが、いつ背負った命の重さに圧し潰されるかはわからない。
死ぬのが先か、倒れるのが先か。
どちらにせよ、絶望的だ。
もう覆す手が無い。
いつもいつも絶望的な状況を覆してきたが、今までが異常だっただけでこれが普通。
絶望は絶望のまま覆せない。
希望なんてない。
そう諦められたらどれだけよかっただろう。
だけど俺は、俺だけは諦められない、挫けていられない。
俺が魔人の希望になる。
挫けないための柱になる。
だからさぁ、そういうのやめてくれ。
遥か遠くに光が見えた。
放たれた光は、雨のように戦場に降り注ぐ。
クッソ……。
「後の事……頼んだ」
スペックはそう一言残すと少女との戦いから退いた。
呼吸を整え、空を見上げる。
今にも地上に死を振りまこうとする光に手を延ばす。
「……護れ」
スペックの言葉に応えるように、炎が、雷が、風が、地上を護る盾として空に展開された。
降り注ぐ光を盾が防ぐ。
数千数万の光を防ぎきり、盾は消えた。
そしてスペックは膝をつく。
全部出し切って、もう立てそうにないな。
距離を詰めてくる少女を見た。
わかってたさ。
三人がかりでやっとなんだから、俺が抜ければこうなることくらい。
まぁ、二人を殺すよりも俺を逃がさないことを優先したのは少し驚いた。
でもそうか、お前は俺を目の敵にしていたな。
あぁ、避けられない。
迫る刃に死を悟ったその時、大きな金属音が鳴り響いた。
「何をしている。死んでしまうぞ」
少女の剣を魔人が二人がかりで防いだ。
だが、力で負け踏ん張ろうとも押されていく。
三人目の剣戟によってようやく少女を押し返すことが出来た。
そして力で競り合うだけの時間があれば、ウィータとアンドレも追いつける。
少女はスペックを睨むが周りへの対処を始めた。
スペックの抜けた穴は大きいが、ウィータとアンドレは少女と対峙する。
最初から勝てるとは思っていない。
だからといってスペックを殺されるわけにもいかない。
剣を握り戦うが、力の差は大きすぎ、少女の力任せな一撃で二人の身体は吹き飛ばされた。
既に周りの兵士は動けない。
ウィータとアンドレは追いつけない。
条件は揃った。
少女は距離を詰めスペックに剣を振り下ろす。
その時、少女の動きが止まった。
「魔人とは、他者を見ることで成長する種族だ。だが俺だけは、自身の内側にも目を向けなければならなかった」
動かない身体に力を込めながら少女はスペックを睨む。
「俺が思っていた以上に便利な力のようだ。俺はこの力を、魔術と呼ぶことに決めた」
スペックの魔術による足止めにより、ウィータとアンドレが立て直すまでの時間が稼げた。
動き出す少女は、そのままスペックに剣を振り下げるが、地面に転がっている剣を操作し防いだ。
一撃で終わらせられなかった以上、再びウィータとアンドレの相手をすることとなる。
……魔力切れか。
しかしなんだ、長期戦で有利なのは魔人のはずだが、なぜこうも俺の予想を裏切るのか。
さらにキレが良くなっていく少女にもはや勝つ術がない。
見せたこともない奇想天外な方法で一歩止めているのが現状であり、スペックは動くことも動かすこともできない程に疲弊しきっていた。
残念、俺からはもう何もできない。
なんでか声も出ない。
おかしいな、俺の身体って、こんなだったかな。
あぁ、だめだ、支えられない。
スペックは重力に従うように、地に伏した。
意識はあるのに、指一本動かせない。
これが魔力切れ?
俺にだけ存在する弱点か。
全部、遅すぎた、俺の努力が足りなかった。
折角まだ強くなれることに気付けたのにな。
ごめん、アマデウス。
俺さぁ、お前に繋げなかった。
近付いてくる足音に、敗北を悟る。
剣を振り上げる音、そして、刃が風を切る音。
だが一向に、痛みも、死も、やってこなかった。
聞きなれた声がする。
聞きなれたはずの、それでいて聞いたこともない声。
「剣を収めよ。我は魔王アマデウス……この戦争を終わらせに来た」
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