第9話 二年

アマデウスが眠りについてから二年の時が経った。

敗戦の危機ともいえるほどの窮地を乗り越え一年、未だ戦争は終わらない。

多くの聖人が死に、今までほどの戦力は無くなっていた。

死者こそ出なかったが多くの魔人が足や腕を失い、戦うことの出来ない身体に。

それ以外の者も、身体中に傷を負いすぐには戦えない状態となっており、聖人側にも魔人側にも戦場へ出られる者が少なく、戦争は一時膠着状態となっていた。

そして兵士たちが戦場へと戻り再び戦争が激化していく。

だが、そこには昔とは違う魔人の姿があった。

死を恐れず戦うはずの魔人が、死なないように戦っていたのだ。

たった一人の少年の為を悲しませないために、魔人たちは決して死なないと誓った。

それにより魔人たちの戦い方が変わり、魔人たちが死ななくなった。

だがそれにより魔人からは攻め無くなり、聖人に圧される形となる。


皆命を大事にしてくれるのは良いが、このままじゃ行き詰まる。

どうにかしたいが、俺は動けない。


スペックは対面する少女を睨む。


あれの相手をする以上、俺はもう何もできない。

だから、俺を見ろ。


突然戦場を包んだ重い空気に、魔人の視線がスペックへと集まる。


そうだ、それでいい。

お前達はずっと死に物狂いで戦ってきた。

多くの聖人を殺す代わりに自分も死ぬ、そんな戦い方しか知らない。

だから俺を見て、俺から学べ。

生きることと戦うことの両立を。

本来魔人は得意なはずだから。


スペックは笑いながら剣を振るった。

簡単に勝てる相手ではない。

むしろこちらが殺されてもおかしくない相手。

だが、スペックは笑う。

これは生きるための戦いであると同時に、未来へ繋ぐ戦いだから。


激しい攻防が始まる。

誰一人として追いつけない速度の攻防。

だが、速いのは少女である。

力があるのは少女である。

本来であれば勝てるはずの無い地力の差。

スペックはそれを互角の戦いまでもっていっていた。


魔人は凄まじい速度で成長する。

それは他者の力を呑み込み自身の者とするからだ。

ならばなぜ、敵である聖人の力を呑み込まない。

聖人の技術を、戦術を、クセを、呑み込み理解しろ。

そうすれば、次の手を、次の動きを、読むのなんざ簡単だろう。


スペックは笑う。

自分よりも強い相手に意地や覚悟で必死に追っているのではなく、魔人の持つ観察眼によって強者を相手に出来ると、そう思わせなければならなかったから。

スペックが凄いのではなく、魔人が凄いのだと、そう思わせなければ意味はが無かったから。

魔人は眼を見開き、対峙する聖人を見つめる。

戦い方は先程まで以上に消極的で、聖人を殺さなくなった。

聖人には気持ち悪さがまとわりつく。

攻撃をさせられているような、攻撃を防がされているような感覚。

まるで手加減をされて生き残っているような感覚。

必死に戦っているのに弄ばれているような感覚。

その事実ともわからない感覚に、聖人は苛立ち、型通りではない、クセの混じった攻撃をする。

その瞬間、魔人は笑って言う。


「お前は、聖人とは、そういう奴なのか」


聖人の武具を見た。

何故その形になったのかを理解した。

聖人の戦い方を見た。

戦闘をどう思っているかを理解した。

聖人の表情を見た。

対峙する者の性格と感情を理解した。

聖人のクセを見た。

光の国での家族と日常を理解した。

聖人は、魔人と何ら変わりない人であった。

魔人は命の重さを、少年が背負ったものを理解した。


あぁそうだ、それでいい。

俺達魔人は命を知る。

だから、殺した聖人の命を背負うんだ。


力強い一撃をスペックはなんとか耐える。


「何故死なない。お前がいなければ、戦争はとうに終わっているというのに」


睨む少女にため息を吐く。


「お互い様だ。お前がいなければ戦争は終わってる。お互い負けられない。ただそれだけだ」


「軽い。お前は軽過ぎる。何故お前のような奴が‼」


スペックの態度に、少女は怒る。


「代理だよ。お前みたいに、殺した敵どころかこの戦争で死んだ者全ての命を背負う馬鹿の代理だ」


少女の叫びを聞いても、スペックの態度は変わらない。


「死ねとは言わないし、殺すとも言わない。誰もお前を殺せないから。だから、帰ってくれないか?」


「……それで、それで帰るとでも思っているのか‼」


「思ってない。だから、代理として俺は、そいつが来るまで絶対負けられない」


スペックの目から笑みが消え、少女を睨んだ。


少女は一瞬気圧されるも、怒りに任せて斬り込んできた。

そして激しい攻防が再開した。


あれだけ言っても結局、俺よりも強いのは事実で、耐えるのが精一杯なんだけどな。

でもまぁ、お前が起きるまでは耐えてみせるさ、アマデウス。

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