第8話 一年
「クソッ、いくら殺してもキリがねぇ」
「人数差があまりに大きすぎますからね」
アマデウスが眠って一年。
少女の手によってほとんどの戦場が落とされてきた。
広がり続ける戦力の差。
敗北が、死が、近付いてくる。
「ウィータ、それと父上。この戦場を任せてもいいか?」
「あぁ、構わん」
「な、相手はこちら十倍以上。その上遮蔽の無い平坦な荒野。絶望的だというのになぜ」
「任せてもいいかと問うたのはお前だ。そして任せろとそうお前は答えられたはずだが?」
アンドレの言葉にスペックは固まる。
既に追い抜いていると思っていた父は、自身よりも遥か高みにいた。
まだまだ俺は子供か。
「……ここは任せた」
スペックは一言告げて戦場の真ん中を突っ切っていった。
最も人員が割かれているのがこの戦場だ。
なら、他の場所はここ程人数に差は無いはず。
最速で他の戦場を制圧しここに帰ってくる。
それくらいしなければ、敗北してしまう。
あの少女程の殲滅力のある者は魔人側にはいない。
アマデウスがいてくれれば、そう思ったところでアマデウスは目覚めない。
それに、これ以上アマデウスに背負わせられるわけない。
あいつはまだ子供だ。
王族である前にただの子供。
何もかも背負うにはその背は小さすぎる。
耐えられるはずのないものを背負わせた俺たちの失敗。
だから、あいつが目覚めるその時まで、どうにか持ちこたえなくては、アマデウスへ、繋がなければ。
戦場に到着したスペックは次々と聖人を殺していく。
斬って斬って斬って斬って、仲間が斬られそうになれば力を使って護る。
誰も死なせない。
あいつに、背負わせたりなんかしない。
スペックは凄まじい速度で聖人を殺し、ほんの数十分で人数差を逆転させた。
それでもスペックは止まらない。
さらに速度を増して聖人を殺し続けた。
そして最後の聖人を殺したとき、スペックは膝をついた。
まだだ、まだ終わってない。
剣を支えに立ち上がるスペックは叫ぶ。
「魔人達よ、挟み込め‼」
その言葉の意味を魔人たちは即座に理解した。
兵士である以上知らぬ者はいない。
百年以上前、正面からぶつかる事しかしてこなかったこの戦争初めての作戦。
聖人を誘い込み、背後まで回っていた兵と共に挟む作戦。
察知した聖人が送り込んだ兵によって作戦は崩壊し、百年以上もの間戦場がばらけていた。
だが、今この戦場に聖人はいない。
挟み込むのを止める聖人はいない。
百年以上の時を越え、ついに作戦が動き出す。
魔人たちは雄たけびを上げながら駆けだした。
残ったのはただ一人。
何とか立っているスペックだけであった。
まだだ、まだ足りない。
これじゃまだ人数差は埋まらない。
次へ、向かわなくては。
倒れるように地面に触れる。
一つまた一つと、戦場に遺された武具が浮かび上がる。
最後にスペックの身体が宙に浮き、次の戦場へと移動し始めた。
あぁクソッ、意識が朦朧とする。
力使ってるんだから集中しろ。
ミスすれば魔人が死ぬ。
だから、今だけは……切らすな。
戦場の上空、スペックは今までにないほどに周りを認識できていた。
今ならなんだって出来るような気さえしてくる。
だがスペックは間違えない。
やるべき事だけをする。
眼下の戦場へ向けて、無数の剣を雨のように降らせた。
全て聖人へ命中。
魔人への被害はゼロ。
ミスは無い。
スペックの集中が切れる。
力が抜け、落下していく。
地面に激突し、呻き声をあげる。
あぁ、死んではいないようだな。
丈夫な魔人でよかった。
「スペック様⁉」
そばに来た兵士の声で、何とか意識が戻ってくる。
「告げろ……挟み、込めと」
スペックの小さな声、だが、兵士はその声を聞き逃さなかった。
「魔人たちよ‼挟み込めぇ‼」
一人の兵士の叫び声、それは伝播し広がっていく。
雄たけびを上げ、魔人たちは走り始めた。
「本当に、作戦は成功するのですか?」
兵士はスペックへと視線を戻したが、スペックはすでに気絶し答えは返ってこなかった。
魔王の城、魔人たちの住む町から最も近い戦場が、今にも攻め落とされそうになっていた。
本来であればすでに全滅していたとしてもおかしくない戦力差。
だが魔人たちは、未だ生き残っていた。
誰一人死なないままに、戦いは続いていた。
それは意地だ。
何者でもないただの兵士であるはずの自分たちの死を嘆き、涙する未来の主君がいる。
ただ一人でも死ねば、きっと涙を流しながら自分を責め続けてしまう。
ただ一人の少年に、自分の死を背負わせたくなかった。
そして、少年の親友は皆を救うべくたった一人で駆けまわっている。
信じ駆けたというのなら、信じそして耐え抜かねば、一人の犠牲者も出さずに。
涙を流す少年の為に、ついに魔人達の意思が一つに纏まる。
必ず生き抜くと。
聖人の持つ武具には光の力が宿っている。
そのため魔人はただ掠っただけでも身体を光が蝕み、やがて死に至る。
故に魔人たちは聖人の攻撃に細心の注意を払いながら戦う。
だが攻撃しなければならない以上、相手の間合いに入る事となる。
攻撃を防ぎ聖人を殺すも、人数には十以上の差があり、四人目五人目まで完全には捌けない。
数の差は大きく、どうあっても攻撃を受けることとなる。
だから、魔人たちは攻撃を受ける際、死なずに済むように受けた。
傷は出来るだけ浅く、削ぎ落すのみで済むように。
深い傷を負うのなら、腕か足、斬り落としても死なない部分で。
誰も死なないし死なせない。
つまりは味方が敵に斬られれば、即座に近くの味方が傷口を削ぐ。
光が広がるよりも早く、削ぎ落す部分が、斬り落とす部分が、最小限で済むように。
それは突然の事だった。
突然、聖人は魔人を殺せなくなった。
人数で圧倒している、武具で圧倒している、だというのに魔人を殺せない。
それどころか、聖人の方が殺され始めていた。
人数差は覆らない。
先に倒れるのは魔人だ。
だが…………。
何かに気付いた聖人が後ろを振り返り対峙していた魔人に殺された。
聖人の不自然な動きに気付いた者達の表情が変わっていく。
魔人は希望を、聖人は絶望を聞いた。
それは足音。
聖人の背後から聞こえてくる、大勢の魔人の駆ける音。
人数の差は埋まらない。
だが、一人で複数人を相手取る魔人が倍に増え、聖人に勝ちの目は潰えた、そう思った時、光が奔った。
聖人が道を開けると、一人の少女が駆け抜ける。
駆けながら、少女は光を剣へと溜めていく。
そして最前線に辿り着くと同時、少女は輝く剣を突き出した。
大きな金属音と共に、少女の剣は天へ向けて光を放つ。
「間に合った」
魔人へと放たれるはずだった光を、スペックは剣を弾き方向を変えた。
少女の追撃。
放つ光は無く、ただの剣戟であり、先のような広範囲を殲滅するような攻撃が無い以上、スペックの方が強かった。
だが、スペックは連戦で疲労が蓄積している。
つい数十分前までまともに立つことすら出来なく今も無理をしている。
戦いは一方的で、少女の攻撃は掠りもせず、スペックの攻撃が少女の身体を傷つけていく。
だというのに、先に膝をついたのはスペックの方であった。
クソッ。
限界か、身体が動かない。
だからって、ここでだけは死ねない。
「動け‼」
振り下ろされる剣に叫ぶも、スペックの身体は動かない。
だがスペックは最後の一瞬まであきらめることは無く、剣を見つめ、身体に力を入れ続けた。
迫る剣が、眼前で止まった。
背後から延びる二つの剣。
「よくやったぞスペック」
「完璧でしたよ」
「「後は俺達に任せろ」」
ウィータとアンドレが、スペックに変わり少女の前に立つ。
少女が浮かべる表情は、怒りか、憎しみか。
剣を握り直し、攻める。
だがウィータによって軽くいなされる。
ウィータ自身全力であったが、音が、動きが軽い。
ウィータの連撃に少しでも手間取れば、アンドレの重い一撃に吹き飛ばされる。
二人の剣技は全くの別物で、普段共に戦うこともないが、その連携は魔人の中でも随一であった。
それこそ二対二であればアマデウスとスペックの二人でも勝てなかったほどに。
近接戦はどう足掻いても勝てない。
ならばと少女は距離を取る。
空中で剣へ光を溜め、着地と同時に放とうとした。
だが、既に時間は稼ぎきられていた。
「お前がいなければ、この戦いは乗り切れる。だから……ここで使い切っても問題ない」
スペックは、少女が地面に足を着ける直前、少女の身体を遥か遠くへ吹き飛ばした。
スペックは力を使い果たしその場に倒れる。
「任せた」
小さく呟くと、スペックはそのまま気絶した。
アンドレがスペックを抱きかかえ、ウィータが護衛をしながら後方へと下がっていった。
此度の戦い、魔人の勝利に終わった。
聖人は多くの死者を出し、しばらくは戦うことが出来なくなった。
聖人が弱った今こそ攻めるべきではあったのだが、魔人側も被害が大きく、足や腕を欠損している者がちらほらといるうえ、ほとんど全ての者が複数個所肉を抉っていたり、削いでいたりと、死者こそ出ていなかったがすぐさま戦えるような者はほとんどいなかった。
今回の戦いは魔人の勝利であったが、これだけ押されたのは他の戦場での敗北が重なったためであり、結局のところ過去の分も合わせてしまえば痛み分けという結果に終わった。
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