第7話 眠り

目が覚めると、見慣れた天井が映る。

起き上がり辺りを見回すと、視界に入ってくるのは代わり映えしないいつも通りの自室の光景だった。


「ウィータ…………ウィータ?いないのかウィータ」


呼びかけに答える者はいない。


「アンドレ、ウィータがいないのならお前がいるはずだろう、何処に居る」


兵を訓練でもしているのか?


「スペック、どこだ?あの二人がいなくとも、お前だけはいるはずだ、そうだろうスペック」


おかしい、何故いない。


部屋を出ると、扉を開けて回り人を探す。

中庭、訓練兵たちが剣を振るっている。

こちらに気付いた一人の訓練兵が近づいてきて跪いた。


「アマデウス様、何か御用でしょうか」


「ウィータがどこにいるか知らない?」


「ウィータ様でしたら、戦場へ向かわれました」


「それは、アンドレとスペックも一緒に?」


「えぇ、そう聞いております」


「そう……わかった。ありがとう」


短い会話を終え、アマデウスは来た道を戻って行った。


ウィータとアンドレが戦場に出ているのはわかる。

だが、スペックは違うだろう、スペックは俺と一緒のはず、それがどうして。


力が抜けたように倒れそうになるアマデウスは壁に寄りかかる。


どうして、こんなにも身体が重いんだ。

いったい俺の身体に何が。

外傷はない、それどころか体に傷などない。

部屋へ戻るのを辛いと感じるのは初めてだ。

いったい俺に何があった。


重い足取りで、息を切らせながら自室へと向かう。




部屋へ入ると、扉も閉めずベッドへ倒れ込んだ。


「なんでだよ。なんで俺を置いて行く」


アマデウスはそのまま眠りについた。




アマデウスが眠りについて少し経つと、アマデウスから闇が床へ広がり始めた。

やがて部屋全体を覆うと、テラスから城の外へと、戦場へと向う。

命を懸けて必死に戦う者達に、足下に忍び寄る魔の手に気付くことはできない。

一人また一人と、闇に触れた聖人が闇の中に呑み込まれていく。

次々と消えていく聖人に、戦場にいる者達は地面の闇に気付き始めた。

魔人たちはその闇が王城から伸びていることを理解し歓喜した。

腕を振り上げ、声を上げる。

闇という強大な力に、魔人たちの士気が上がった。

だが攻勢へ出る前、一瞬にして数十人の魔人が光によって消滅させられた。

固まる魔人達の目に映ったのは、一人の少女であった。

その少女を見た瞬間、脳裏に一人の少年の姿が思い浮かぶ。

闇を用いて聖人を蹂躙した者。

今度は、自分たちが蹂躙される番なのだと、そう思ってしまった。

少女の持つ剣が光り輝く。

それは先程以上の攻撃、この戦場にいる魔人を、そして、彼方に見える闇の大元を狙った一撃。

突き出した剣から、巨大な光が放たれた。

誰もが諦め、地面にへたり込んだ時、突如戦場に雷が落ちた。

煙の中、少年が電撃を放つ。

それは形を変え、光を防ぐ盾となった。

地面を焦がしながら光に対抗するも、押され気味であった。

崩れていく電撃の盾、ついには光が漏れだそうとしたとき、闇が盾を負った。

まるで崩れないよう補強するように、盾を形作るための土台とするように。

闇で作られた盾は、放たれる光を全て呑み込むと消えていった。

膝をつく少女を、傍に居た聖人が支えようとするが少女はその手をはらった。


「まだ、まだ終わってない。魔人がそこにいる。倒すべき敵が、あそこに」


駆ける少女の剣を、スペックは受け止めた。

右腕は折れていたため左手に剣を持ち。


力を使い果たした状況で攻めてくるなら好都合。

ここで殺してやる。

アマデウスがああして死にかけるほどに戦ったのも、全てこいつらのせいだ。

殺さないと、アマデウスの為に。


剣を振るうが弾かれた。

すぐさま距離を取り、状況を見る。


剣技では俺の方が上だが、利き手が使えないうえに人数差まである。

分が悪いな。

ウィータ様か父上のどちらか一人でもいてくれれば殺せたが、今の状況じゃよくて相打ちといったところか。

相手もそれには気付いているはず。

それでも攻めてこないのは、その少女がそれほどに大事な者ということ。

ならばやはり、相打ちだとしても殺すべきか?

いや駄目だ。

まだ俺は死ねない。

アマデウスの勝利を見届けるまで、俺は死ぬわけにはいかない。


こちらからは手を出さず、それでいて攻撃してきたらすぐさま反撃できるよう警戒だけは全力で。

聖人たちの選択は、撤退であった。

暴れる少女を抱え上げ無理やり抑え込んで帰って行った。

少女の「まだ戦える」という叫び声を残して。


「……俺もいったん帰るか」


いつの間にか、地面の闇は引いていた。




「んっ……あれ、寝てた?」


アマデウスは目を覚ます。


「あぁ、なんだか疲れた。寝てたはずなのに。というか、なんか体中痛い。胸が苦しい。もう、よくわかんない」


這うようにベッドから降り、覚束ない足取りでいつの間にか開いていた窓からテラスへ出る。

手すりに身体をあずけ、未だ瞼の上がりきらない目で、外を見る。

遠くの戦場、大量に転がる武具。

その中には魔人のものも混じっていた。

アマデウスの目が見開かれる。


「何人だ?何人死んだ?俺がこうして何もせずに寝ている間に、何人死んだ‼」


怒りに身を任せ叫ぶも、怒りが唯増すばかり。


「あぁ、俺が無能なばっかりに、俺が傲慢なばっかりに……何人もの魔人が死んだ。何をこんなところでグズグズと」


その身が闇で黒く染められていく。


「あぁ往かねば。戦争を終わらせに、聖人を殺しに往かねばだ」


手すりに上り戦場へ向かおうとしたその時、突然腕を掴まれ身体を引き戻された。


「何処へ行く気だ?」


「父、上?」


振り返ると、そこにいたのは魔王であった。


「お前は今療養中だ。身体中が痛むのだろう?身体を休めよ、痛みが引くまで戦場へは出さん」


「俺が休んでも、戦争は止まってくれない。今すぐにでも戦争を終わらせなくちゃ。この程度の痛み、死んだ者達に比べればそう大したものじゃない」


「そうか……では」


アマデウスを抱きしめ耳元で囁く。


「眠れ」


アマデウスの意識が落ち、身体から闇が引いた。


「すまないな。これが魔王の持つ魔人への絶対命令権。お前は良く出来た子だ。誰かのために命を懸けられるほどにお前は優しい。だが、その優しさを自分にも向けてやってくれ」


魔王はアマデウスをベッドに寝かすと、上から布団を掛け、愛おしそうにその髪に触れた。


「リリス。お前の子供はお前によく似ているよ」

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