第5話 戦争
「チェックメイト」
少年は盤上に白い駒を置く。
「ふふっ、ついに負けてしまったか。七つで親を越えるか」
男は、負けたというのに心底嬉しそうに笑った。
「父上、俺はまだチェスで、遊戯で勝ったに過ぎない。実際の戦争では、経験の差で負けるだろう。まだ、勝てそうにない」
「まだ、か……我を、魔王である我を越えるか」
突如空気が重くなる。
先程までの優しげな雰囲気ではない。
魔王としての、ただそこにいるだけで相手を圧倒する気配。
「俺は期待されている。最強の魔王となることを、皆に望まれている。だから俺は……貴方を越える」
「ほぉ、よく言った。それでこそ我が息子だ、アマデウス」
場の空気が戻った。
息のつまるような感覚から、ようやく解放された。
その瞬間、アマデウスは腰に差していた短刀を抜いた。
瞬間、火花が散る。
アマデウスの視線の先には、優しく微笑む男がいた。
「……合格です」
「ウィータ、これはなんの真似だ?」
「最後の試験です。不意打ちへの対処が出来るかという」
「それで?」
「七日後、戦場へ行ってもらいます。今度はアマデウス様とスペックの二人だけで、残念ながら、俺とアンドレは別の戦場にいるので助けることはできません」
ウィータの言葉に父親へ視線を向ける。
「二年前、聖人側に強者が一人現れた。奴は延々と魔人を殺戮している。まだここまで辿り着くようなことは無いが、死人が多すぎる。お前たち四人を戦場へ送り、敵を押し返してもらう」
アマデウスは窓の外、遠くの戦場を見つめる。
立ち上がりベランダへ出ると、手すりに寄りかかり空を見上げた。
「なぁ、七日後と言っていたが」
手すりの上に何かが着地した。
「「今すぐじゃ駄目か?」」
手すりの上、アマデウスの隣に立つのはスペック。
九歳にして魔人最強の座へと至った少年。
「駄目です。二人の調整を行ってからの出陣です」
「調整なら終わってる」
「それは想像の中での話でしょう?身体を動かして頭の中にある動きとの差異を出来る限り少なく」
アマデウスとスペックは降りるまでの間に目と目を合わせながら脳内で戦闘を行っていた。
戦いの勘はそれで充分に思えたし、戦場まで走れば身体も温まる。
だから二人は口をそろえて答えた。
「「必要ない」」
「……はぁ、よいだろう。我ら魔人を、勝利へと導け」
言って折れるような者達でないことを知っていた。
そして二人の強さも知っていた。
問題ないと言ったのなら、必要ないと言ったのなら、彼らの中では既に終わり、次へと進んでいる。
勝手に行ってしまうくらいなら、許可を出した方が幾分かましであった。
「それじゃあ行こうか、スペック」
二人はそのままベランダから飛び降りた。
「一応聞いておくが、すぐに勝利して二人のもとへ向かえるか?」
「戦争は質より量。残念ながら俺やアンドレが加わったところで出来るのは勝利を確定させることくらいで、すぐに勝利は出来ないでしょう。それが出来るのは、広範囲を一掃できるあの二人だけです」
「では、仕方ないか。ウィータ、出来る限り早く済ませるように。そして、くれぐれも死なないように」
「御意」
ウィータは敬礼するとベランダに出てそのまま飛び降りて行った。
「……普通に扉から出て欲しいものだな」
「スペック‼」
「あぁ、準備は出来てる」
戦場を闇が呑む。
闇が消えた戦場に残されたのは、聖人が持っていた武具のみであった。
数千の武具は宙へ浮かぶ。
散らばった武具が一か所に集まる、スペックの頭上へと。
「さて、次の戦場へ行くか」
「あぁ」
「次はお前が休んでろよ」
「休みじゃなくて護衛だから」
「わかってる」
アマデウスとスペックは談笑しながら次の戦場へ向かう。
残された魔人たちは、二人とは別の戦場へ加勢に向かった。
戦場には剣の雨が降り注いだ。
それは魔人を避け聖人のみを殺す。
地上に落ちた剣は魔人の間を縫うように移動し聖人の胸を刺す。
次々と聖人は倒れていった。
「さて、これで終わりだが、次はどうする?」
「さすがにこういう戦い方は多くは出来ない。次の戦場からはまともに、正面での近接戦を行う。先に行っておいてくれ。俺は少しやることが残っている」
「了解。んじゃ先行ってる」
スペックはそのまま剣に乗って移動していった。
アマデウスは地上に飛び降りると、周りを見回す。
何かを見つけ眼を細める。
「出てこい。隠れても無駄だ」
「……残念、見つかったか。せっかく雨に濡れずに済んだのに」
そこにいたのはスペックの剣から逃れたたった一人の聖人。
その首を斬るべく剣を握ったその時。
聖人は近くにいた魔人の首に腕を回し刃を押し当てる。
「お前がアマデウスだろ。兵を見捨て俺を殺すか、兵を護るため自決するか、ここで選べ」
「……………………」
何が最善なのか、俺にはわからない。
でも、護るためには死ぬしかない。
それだけはわかっている。
それだけしかわからない。
選択肢は一つだけ。
アマデウスは手に持った剣の切っ先を喉元に当てる。
魔人たちは息を呑む。
口を押えられながら呻き声をあげていた魔人は突然静かになると、一番近くにいた魔人を睨んだ。
「はぁぁぁぁぁっ‼」
魔人は剣を握り声を上げて聖人へと斬りかかった。
「なっ⁉」
聖人は驚きながらも魔人を盾にし剣を防いだ。
そして聖人は、魔人の胸を貫いた。
倒れる二人の魔人の影から、アマデウスが現れ聖人の身体をバラバラにし、その胸を剣で穿ち地面へ突き立てた。
アマデウスは地に伏す魔人たちに近付き涙を流す。
「あぁ、よかった。アマデウス様を、護れた」
胸に穴が開き、その傷から光が身体に広がっていく。
「何故、何故俺を護った。俺が油断したせいだ。気付いた時に即座に殺せばこのようなことにはならなかった。あそこで俺が死んでいれば、お前達は死なずに済んだというのに」
「そのようなこと、言わないで下さい。彼を殺したのは俺で、俺を殺したのはあの聖人です。俺たちの事を、背負わないで下さい」
「何故だ。民を護るのは王族の務めだ。だというのに、護れなかったどころか俺のせいで死ぬというのに、何故、何も言わない。何故憎まない、どうして俺を恨まぬ。あぁ、あぁ……どうして、どうして俺に……そのような優しい目を向ける」
「苦しまないで下さい。俺達を、重荷にしないで下さい」
魔人は決してアマデウスを責めることはしなかった。
最期まで、アマデウスを護り続けた。
「あぁ、優しき人、アマデウス様。その腕の中で眠れる俺は、幸せ者です。どうか貴方自身を大切に」
魔人は最後まで、アマデウスに微笑み続けた。
アマデウスは息を荒げ涙を溢す。
ふらふらと立ち上がると、身体から闇を漏れ出させる。
「あぁ、あぁ……あぁ…………あぁぁぁぁぁっ‼」
アマデウスはその身に闇を纏い戦場へ異常な速度で駆けて行った。
止まらない涙をそのままに、自分の言葉を無視して、胸の内にある思いのままに駆け抜けた
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