第4話 天才

アマデウスの腕を光が包む。


まずい、油断していた、感傷に浸る暇などなかった、ここは戦場だぞ。

どうすればいい、アマデウス様は聖人の持つ剣に触れた。

普通であれば、光がその身を蝕む前に触れた部分を削がねばならない。

俺に出来るのか?

アマデウス様の腕を斬り落とすような真似が。

悩むな、光は今も広がり続けてる。

胸まで回ればもう……生存が、優先だ。


「はぁぁぁぁぁっ‼」


アマデウスを護るべく、光が包む右腕を斬り落とそうと、刀を振り抜こうとしたとき、アマデウスがちらりと視線を向けた。

身の竦むような鋭い眼光に、ウィータはその場から動けなくなった。

まだ五歳の少年に恐怖した。


「これが光……綺麗だなぁ。けど、少し鬱陶しい」


光が胸を、首を伝って顔までも覆おうとする。

だが、光は突如黒く染まった。


「光が蝕むな。光が呑み込むな。全てを呑むのは闇だ」


闇は剣を包み込む。

アマデウスは剣を両手で握ると、大きく横に薙いだ。

戦場に闇が広がる。

それは防御を許さず全てを呑み込む闇。

その日、一つの戦場で魔人側が勝利した。


「ウィータ」


「なんでしょうか?」


アマデウスに呼ばれ近付くと、アマデウスは倒れるように寄りかかる。


「僕、疲れちゃった。帰りは、よろしくね」


「えぇ、任せてください。目が覚めた時にはベッドの上ですから」


「うん」


そのままアマデウスはウィータの腕の中で眠り始めた。


「しかしまさか、聖王が闇を抑制したこの戦争で、闇を使えるとはな」


「あぁ、それも、一つの戦場を呑み込むような闇をな」


ウィータはアマデウスを抱え、アンドレが連れてきていた馬に乗り荒野を駆ける。


「ボウズはすごいな。初めての戦場で、勝利に導いたのだから」


「えぇ、そして、ここにいた兵士たちが他の戦場へ行けば我々魔人が優勢となる。ようやく戦争の終わりが見えてきた」


その時遠くで眩い光が煌めいた。


「今のは?」


「さてな」


その日、一つの戦場で聖人側が勝利した。

戦争は、終わらない。




玉座にて、王は帰還したウィータ達を見つめる。


「アマデウスが活躍したそうだな」


「はい。それはもう、敵を翻弄しながらの大活躍、数多の敵を屠っておられました。そして最後には、闇を放ち、残った聖人を滅ぼしました」


「……やはりか」


「陛下は知っておられたのですか?アマデウス様の闇の力を」


「いいや、知らなかったとも。生まれた時からとても強い闇の力を持っていると気付いていたが、あれほどとは思わなかった。今日初めて使うところを見た」


「あれ、陛下もしかして、アマデウス様の事が心配でこんな離れたところからずーと見てたんですかぁ?」


「否定はせん」


「それはそれは、楽しいことを聞きました。じゃあ、俺はもうアマデウス様の警護に戻ります」


けらけらと笑いながらウィータは部屋を出て行った。


「陛下、そろそろアマデウス様の相手を息子にやらせてもよろしいでしょうか」


「ほう」


「才能ではアマデウス様の方が上ですが、今はまだ息子の方が強い。私やウィータよりは稽古の相手として適しているかと」


「好きにせよ。アマデウスが楽しいと思えるのならそれでよい」


「了解いたしました」


アンドレは頭を下げて部屋を出て行った。


「しかしアマデウスは大丈夫だろうか。相手はアンドレの息子、聞くところによると未だ負けなしとのこと。あぁ、心配だな」


魔王は自室へと戻った。




「さてボウズ、悪いが今日からはお前の相手は俺達じゃない。俺の息子のスペックだ」


「よっ、お前が強いって噂のアマデウスだな?それじゃあ戦うとしようか」


紹介された少年は、遠くに立てかけてあった木剣を引き寄せると、片方をアマデウスに投げ渡した。


「今のは?」


「生まれつきできるんだ。こういうことがさ」


スペックは笑うと空中から電撃を放った。

直撃は避けたものの、電撃は脇腹を掠め、焦がした。

痛みに唇を噛みながら、アマデウスは距離を詰めて叩き付けるように剣を振るう。

力で押されたことに驚きながらも、スペックはうなり声と共にアマデウスを弾き飛ばす。

電撃が、炎が、風が、アマデウスを襲う。

それら全てを避けながらアマデウスはスペックとの近接戦を行っていた。

スペックにそれは初めての経験。

兵に交じっての訓練では負けたことが無かったうえ、特異な力も持っていた。

敗北を知らぬからこそ、自分が押されている状況に焦りを感じていた。


俺が負ける?こんな子供に?

二歳年下の子供。

大した差ではない、だが、子供の内は違う。

それは圧倒的な差だ。

負けるなんて、出来ない。


スペックは地面を踏みしめる。

今までとは違う相手だと、余裕ないと、それでも余裕を見せなければと。

壁に立てかけられた無数の木剣が宙に浮く。

そしてアマデウスへ攻撃を始めた。

アマデウスは普段から訓練で三人以上を相手にして余裕の勝利をしていたが、今回は全くの別物だった。

数は多く、一人で操作しているため同じ目的のために動く。

手数も連携も、いつも以上の状態。

だが、アマデウスはその攻撃を紙一重のところで捌いていた。


――――な⁉

これでも……足りないのか?


アマデウスはギリギリだった。

スペックに手が出せない程に。

だが、スペックもまたギリギリであった。

自身の身体を動かせない程に。

二人の勝敗を分けたのは、意地であった。

負けるわけにはいかないという、意地であった。

スペックは、無数の剣とアマデウスの戦いに交じった。

それはただ剣が一つ増えただけの変化ではない。

それは、意思無き剣の中に、意思のある人が混じったということ。

人は、意思を、心を宿し、自身で考える人を、無意識の内に意識してしまう。

それは先ほどまで捌き切っていた無数の剣から、ただ一人の、ただ一つの、スペックに、スペックの持つ剣に意識を向けられるということ。

その瞬間に、アマデウスは先程まで出来ていたことが、捌けていた無数の剣が、捌けなくなった。




地面に伏したアマデウスは笑っていた。


「残念、負けちゃった。けど、必ず勝つから」


「……ふん、お前じゃ俺に勝てない。だって俺はお前よりも強いんだから」


スペックは、寝転がるアマデウスを見下ろして自慢げに笑った。


「ふふっ、それでも僕は、スペック、必ず君に勝つよ」


「もう呼び捨てか、俺の方が年上だってのに。でもいいよ、必死に追いかけてこられるのは、気分が良いから。それじゃあ、またね」


そう言ってスペックは一人で行ってしまった。


「どうでしたか、彼は」


「すごく強かった。あんな力があるなんて知らなかった」


「彼以外には使えませんからね」


「そうなんだ。それじゃあ僕が二人目だ。必ずあの力をものにしてみせる」


アマデウスの笑みに、ウィータは恐れを抱いた。


これだ、アマデウス様が時折見せるこの眼、貪欲でそして恐ろしい眼。

全てを呑み込み己が糧とする魔人の中の魔人。

アマデウス様ならば、兄弟たちを退け、きっと時期魔王に……。


「それでは、あとのことは任せたぞウィータ」


「アンドレ、どこに行くんだ?訓練兵の世話はお前の仕事だろう」


「少し俺が抜けたところで問題はない」


「ふん、親というのも大変なのだな」


「苦ではないさ」


そう言って笑うとアンドレはどこかへ行ってしまった。


「ウィータ、がんばれ。僕は疲れたから寝る」


「え、ここでですか?」


アマデウスは既に寝息を立て、ウィータの問いに答える者はいなかった。

一人残されたウィータは、渋々訓練兵の相手を始めた。




暗がりにうずくまる少年がいた。


「スペック、泣いているのか?」


「泣いてない」


涙声で、目を赤く腫らしながら少年はアンドレを見上げる。


「父上、俺と稽古をしてください」


「お前から言い出すとは、珍しいな」


「アマデウスは、俺よりも強い」


「お前が勝った」


「俺の方が必死だっただけ。年上として負けられない、意地があっただけ」


「戦争は、勝者こそ正義だ」


冷たい言葉、涙を流してアンドレを睨む。


「俺は、俺達は子供だ。過程を無視して、心を無視して、結果だけを求められるほど、大人じゃないんだ‼」


叫ぶ少年に、尚も冷たい目で話す。


「では、お前は結果以外の何を求める」


「……俺は天才だ。自他ともに認める天才で、父さん達以外に負けた事なんかない。七才なら上出来だと、出来過ぎているくらいだと、そう思っていた、慢心していた。

五歳の少年が俺と同じことをしてのけた。そして今日初めて戦って理解した。あの子は、アマデウスは、俺以上の天才だと」


少年の言葉に目を逸らす。


「だから何だ。アマデウスが研鑽を重ね、最強への道を往くというのなら、俺はその先を往く。アマデウスに、俺の背を追わせる。俺が死ぬその時まで、俺はアマデウスに勝ち続ける。それが、二年早く生まれた、天才の往く道だ」


ようやく、スペックをその気にさせられた。

長かった、張り合いのある相手がいなかったこの子に、ようやく相手が出来た。

アマデウスとスペック、戦争を終わらせ新たな時代を切り開く、二人の英雄の誕生だ。


「よく言った、それでこそ俺の息子だ。だが、一日二日で急激に強くなれるわけではない。決して折れるなよ」


「はい‼」


スペックは立ち上がり、大きな声で、自信を鼓舞するように返事をした。


「それじゃあ、このまま訓練をしに行くか」


スペックの頭を撫で、アンドレは歩いて行った。

小走りで追いつきアンドレの後ろをついて行った。

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