第3話 初めての戦場

打撃音が鳴り響く中庭、舞うように剣を振るう少年がいた。

大人三人を相手に簡単そうに戦う。


「ボウズ、今いくつだ」


「……五才」


アマデウスは戦いながら答える。

そして、最初の一人を一撃で動けなくすると流れるように他二人も地に這わせた。


「アンドレさん。僕もうここにいる人たちよりも強いよ。まだ戦場に出ちゃダメなの?」


「……ウィータ」


名を呼ばれるとすぐにウィータは現れる。


「ただの護衛に何の御用で?」


「三日後、アマデウスを戦場へ出す。万が一に備えて俺とお前が護衛につく。異論はあるか?」


「無いかな。実力は充分あるし、俺とお前が護衛なら、それこそ戦場ごと吹き飛ばすみたいな真似されない限りは何の問題もないだろう」


「ねぇ、もしかして」


アマデウスは目を輝かせながら問いかける。


「えぇ、アマデウス様。戦場で、本当の殺し合いをしに行きます。なのでこれから三日は英気を養って……ちゃんとゆっくり休んで途中で倒れたりしないようにして行きましょう」


「うんっ‼」


アマデウスは満面の笑みで、元気よくうなずいた。




「随分と楽しそうだな」


テラスの手すりから落ちそうなほどに身を乗り出すアマデウスに声をかける。


「あ、お兄様。僕明日戦場に出るんです。初めての殺し合いです。ようやくお父様に褒めてもらえると思うとそれだけで嬉しくて」


それはそれは。


「それは良かったな。しかし、褒めてもらえる、か」


「うん。たくさん殺してたくさん褒めてもらうの」


「それはどうかと思うが、応援してるぞ」


アマデウスの頭をくしゃくしゃと撫でると、アマデウスを抱き上げベッドに放った。


「なら、しっかり寝て明日に備えないとだな」


アマデウスに布団をかけ、子守唄を歌って安心した状態で寝かしつけた。




朝、空を闇が覆う暗い暗い朝、アマデウスは飛び起きた。

そしてその様子に腹を抱えて笑うものがいた。


「ウィータ、それじゃあ行こうか」


「まだ駄目ですよ。朝食を食べて、準備運動をしてから行きましょうね」


「……わかったよ」


アマデウスは少し頬を膨らませて部屋を出て廊下を走っていった。


「まったく、忙しない、って今裸足だったか?お前達」


「ここに」


ウィータの呼びかけに数人の魔人が現れる。


「廊下に物は落ちていないな?」


「ここの者は優秀ですからそのようなことは無いかと」


「予測で語るな、今すぐ見てこい」


「了解いたしました」


「あ、一人ここに残れ」


ウィータの言葉に魔人たちは動き始める。


「残ったのはお前か、まぁいいだろう。お前はアマデウス様が食事を済ませる前にアマデウス様の服を用意しておけ。王族としての尊厳を損なわず、それでいて動き回れるような服だ」


「了解いたしました」


「それと」


動こうとした魔人を制止する。


「アマデウス様は疲れて帰ってくる。湯浴みと寝具の用意をしておけ」


「了解いたしました」


今度こそ残った魔人は動き出した。




扉を開けると食事の最中だった。


「遅かったな」


「アマデウス様が起きるまで何の準備も出来ていなかったからね」


壁際に立つアンドレの言葉に笑って答える。

アンドレの隣に立ち席を見ると、ガツガツと口に放り込むように食べるアマデウスの姿があった。


「アマデウス、行儀が悪いぞ。そう急ぐ必要はない、ゆっくりと味わって食べなさい」


「……はい、お父様」


アマデウスはナイフとフォークを手に、静かに食事を始めた。

今すぐにでも戦場に向かいたいとうずうずしながら出来る限り急いで食べたアマデウスは、食べ終えた瞬間にウィータとアンドレの手を引いて部屋から出て行った。




「じゃあ早く、準備運動しよう」


「急いでしたって意味無いですよ」


アマデウスは逸る気持ちを抑えながらゆっくりと体を伸ばしていく。


「よし、それじゃあ」


アマデウスは木剣を手に持ち手合わせをしている兵士の中に突っ込んでいき四人ほどと剣をぶつけた後、流れるように気絶させた。


「終わった。じゃあもう行っていいよね?」


一際強い打撃音。

アンドレの一撃を、アマデウスは正面から防いだ。

身体に衝撃が伝わる。


「まだ駄目だ。今のでは充分な運動とは言えないな」


アマデウスは呼吸を整え、連撃を放った。

その全てを平然と防がれるがいつも通りだった。

背後に回り込んでの一撃も防がれる。

防がれれば次の攻撃を、それも防がれたとしてもその次の攻撃をと、永遠に続く猛攻だったが、間に割って入ったウィータによって止められた。


「さて、もう準備は完了です。それでは戦場へ行きましょうか」


「うんっ‼」


目を輝かせ木剣を投げ捨てると、屋根に上った。


「何をなさって、剣を持ってから」


「いらないよ」


そう言葉を残して戦場へ向かって一直線に駆けて行った。


「アンドレ、馬を用意してさっさと来い」


「お前は」


「走ったほうが速い」


にしても、アマデウス様ときたらここから一番近い戦場も数十キロ離れているというのにその距離をご自分の足で駆け抜けようとは。


少し呆れながらウィータも走り始めた。




ウィータが戦場に着くとそこは、ただ一人の少年によってつくられた地獄となっていた。


「あれ、遅かったね」


そこにはすでに首の無い死体が積み上がっていた。


ふむ、最初に技術の大切さを教えておいて正解だったな。

まさか五歳にして人の頭を引き千切るような力があるとは。


死体を観察しつつアマデウスに視線を戻すと、アマデウスが何かを見ていた。


ここはもう我々がなにをするまでも全滅する。

ならば、他の戦場にも目を向ける、ですか。

これは本当に、戦争を終わらせられるやもしれませんね。


「アマデウス様、そちらに行くのなら剣を持っていってください。少し厄介なのがいる様なので」


「うん。見えてるよ」


見えてる?


ふと浮かんだ疑問に答えを出すよりも早く、地を蹴ったアマデウスを追いかけて走り出した。




アマデウスは一人突出して魔人を殺している聖人に一直線に向かっていく。

不意打ちにもかかわらず、その聖人はアマデウスの剣を受け止めてみせた。

続く連撃を防がれ返しの攻撃が繰り出されるが、全て防ぎきると


「へぇ、そうやるんだ」


そう呟いた。


「アマデウス様、それは護身用に渡しただけで格上の相手と戦うためのものでは」


アマデウスを護るべく追いついて来たウィータだったが、護る必要は無かった。


「うん、確かに格上だった。僕よりも強かった、さっきまではね」


聖人の首はアマデウスの見事な剣捌きによって斬り落とされていた。


なんて成長速度だ。

そうか、俺やアンドレでは駄目だったのか。

まだアマデウス様には早過ぎた。

もっと実力の近い者から学ぶべきだった。

俺達から動きを学んだとしても、成長途中のアマデウス様の身体では学んだことを活かせなかったのか。

それはつまり、適した相手を用意できれば、アマデウス様は今以上の速度で強くなれるということ。

本当に末恐ろしい方だ。


「だから今は……俺達に護られていて下さい」


突如響いた轟音は、辺りの空気を震わせた。

いつの間にかいたアンドレとウィータは、アマデウスに迫る鋭い刃を弾き返した。


「アマデウス様、交ざろうとしてはだめですからね。今の貴方ではまだ勝てませんから」


「そうだぞボウズ。誰彼構わず斬りかかるのは、俺達に勝ってからにしておけ」


アマデウスはその攻撃に気付けなかったことを、実力不足であることを、理解していた。

だから素直に頷き、戦闘を開始した四人から距離を取った。

以前訓練の中で見た二人とは全くの別物、アマデウスが見やすいようになどということを考えながら戦える相手ではないことが容易に想像できた。

相手の姿勢、重心、力の入れ具合などから次の動きを読む。

それはさながら未来の読み合い。

先に仕掛ければ待ち構えられ殺される、全員手が出せない状況。

それは今までと何も変わらない、幾度と戦い、剣を構え、読み合いの果てでその日の戦いが終わる。

いつも通り、だけど今日はいつもと違う。

空から無数の剣が降ってきた。

それはアマデウスがこの状況をひっくり返すべく放り投げた剣。

それはいつもと違うイレギュラー、そして、最もイレギュラーを上手く扱う自由な者がウィータであった。


「アンドレ‼」


降る剣の中から選んだ一つの剣を聖人二人に向けて自身の剣を使って弾いた。

そして、ウィータに出来た隙に斬り込んでくる聖人二人の攻撃をアンドレが防ぐ。

ガタイの良いアンドレの背後にいるウィータの動きには気付けず、突然飛び出してきたウィータによって一人の聖人の胸が刺し貫かれた。

噴き出る血と共に地面に倒れる。

もう一人の聖人は戦況の変化にいち早く気付き既に逃げていた。


「戦争を終わらせると噂されていましたが、まさか初めてでこれだけ戦場を引っ掻き回すとは。ありがとうございまし」


振り返ったところにアマデウスはおらず、足下に転がる死んだ聖人が握っていた剣に手を延ばしていた。


「アマデウス様‼」


「ボウズ‼」


二人の声は間に合わず、アマデウスは剣を握る。

その瞬間、アマデウスの身体を光が包んだ。

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