第2話 アマデウス
魔王の子供の成長はすさまじく、生まれて数週間で言葉を話すようになった。
そして数か月もすると歩けるようになり、そのまますぐに走り回れるようになっていた。
そうなると城の中だけではなく城の外にも目を向けるようになる。
テラスに出て一日中戦場を眺める。
そんなことを一週間続けると、突然振り返って言い放った。
「お父様、僕、戦場に出てみたいです」
その場にいた者は唖然とした。
齢一歳にも満たない赤子が戦争に参加すると言い出したのだから当然だ。
「では、訓練兵に交じってきてはどうだ?まだお前は小さい、その短い手足では敵に攻撃を届かせるのも一苦労だろう」
「……そうですね。わかりましたお父様、僕たくさん訓練してきます。成長した僕を楽しみに待っていてください」
少年はそう言うとお辞儀をして部屋から出て行った。
「場所はわかっているのか?」
「わかってますよー」
廊下から聞こえる声に苦笑し、従者を一人追いかけさせた。
忙しなく鳴り響く足音と打撃音。
広い中庭で多くの訓練兵が全力で木剣を打ち合わせていた。
「どうですかアマデウス様。これが我ら魔人の戦闘訓練です。二人組となり一日中戦う。相手が自分を越えたのなら次は自分が相手を越える。そうして強くなり続けるんですよ」
少年を階段に座らせるとローブを身に纏った男は笑って言った。
「すごい、こんなに近くで戦いが見られるなんて」
「あれ、そこなんですか。まぁいいですけど。それで、どうするんです?ここに混ざるのはなかなか難しいと思いますよ」
「そうだね。まだ僕じゃ追いつけないや。だからしばらくはここで眺めてることにする」
「そうですね、それが良いと―――――⁉」
言葉を途切り額の前で何かを受け止めた。
「これは、石?」
手を開くと中には小さな石ころがあった。
「久しいな、引きこもりがここまで出てくるとはな」
「引きこもりじゃねぇよ。護衛してるだけだわ」
一際ガタイの良い男が近づいてくる。
「あ、アマデウス様。一応この人が最強の騎士です」
「もっとまともな説明は出来んのか」
へらへらと笑う男を睨みアマデウスの頭を撫でる。
「暗黒騎士団団長のアンドレだ。よろしくな」
「うん、よろしく、お願いします?」
「はっは、面白い子じゃないか。それで、どうせ自分のこと何も言ってないんだろ、今言え」
「……はぁ。近衛騎士団団長ウィータです。まぁ、好きに使って下さい」
「うん。退屈にはさせないよ」
ウィータは少し照れて目を逸らした。
たとえ油断していたとしてもウィータは投げられたものを掴んで見せる。
「真剣じゃないか」
「さ、持ったのなら俺と戦うぞ」
「は?意味わからないんだが」
既に移動し始めているアンドレは振り返ることなくそのまま行ってしまった。
放置しとこうと思ったウィータだったが、隣に座る少年の目の輝きに負けた。
「僕も見たいな団長同士の戦い」
「……わかりました。ただ、あまり期待はしないで下さいね。あの人俺よりも強いですから」
そう言うとウィータは気怠げに剣を引きずりながらアンドレの下へ行った。
「一度も俺に勝てたことがないが、これでさらに腕が鈍ったなんてことになってはいまいなぁ」
「そんなことありえないから心配するな」
先に攻めたのはウィータ。
様々な角度から不規則に斬り込んでくる。
それは自由奔放で、型にはまらない剣術とは呼べない代物。
暴走に近いそれは、速度、威力、そして何よりも的確に防ぎづらい位置を狙っており、そう簡単に捌けるようなものじゃなかった。
だが、アンドレはまるで作業の如く、簡単そうに捌き切っていた。
アンドレはウィータとは真逆の見本のようなきれいな型で剣を振るう。
誰もが目標とするアンドレの剣技。
だが、アマデウスだけはウィータの剣技に見とれていた。
なんて自由なんだ、なんて楽しそうに戦うんだ。
良いなぁ、僕もあんな風に自分の身体を想うがままに動かしたい。
その時ウィータが体勢を崩した。
ウィータの身体が倒れていく、地面に近付いていく。
そして、完全に倒れる直前で地面を蹴った。
身体を回転させながら、アンドレの型では剣が届かない超下段をすり抜け背後へ回り背中を斬った。
「あれ、鈍ってたのはお前の方なんじゃない?」
「馬鹿を言うな。ここからが本番だろう」
アンドレは構えを変える。
「あぁ、本当に面倒くさい」
今度はアンドレから仕掛けた。
速く、鋭く、力強い一撃。
どこに攻撃が来るのかを察知して完璧に防御したというのに、ウィータの身体は吹き飛ばされた。
手を地面に一瞬触れさせ勢いを殺し方向や姿勢の微調整をして着地する。
着地と同時に地を蹴り攻めに転じるが、目の前にはアンドレの切っ先が迫っていた。
剣で滑らせ防ぐが、横に薙ぎ払われる。
だが、ウィータの身体は空中で回転したのみだった。
あそこまで上手く出来るものなんだ。
反撃をしようとするが返しの刃が迫る。
咄嗟に剣を逆手に持ち替え防いだ。
「あ、これ駄目だ」
ウィータはその一言と共に吹き飛ばされていった。
遠くに立つウィータの手には、いつの間にか剣がもう一つ握られていた。
「もうこっちはいーらない」
アンドレに渡された剣をそれへ投げる。
そして、ウィータが普段から愛用している刀を構えた。
そして距離を詰め攻撃するウィータの動きは、格段に良くなっていた。
今までの剣は先ほど初めて使った剣で、普段のものとはサイズも、重さも、重心も、何もかもが違っていた。
そして普段の刀に持ち替えたことによって、ようやくウィータは本気で戦うことが出来るようになった。
アンドレの攻撃を受け流し返しの攻撃を行う。
ウィータの攻撃を受け止め弾き返しの攻撃を行う。
カウンターの応酬が始まった。
すごい、良くそれだけ対応できる。
ウィータの動きはさらに異常さを極めた。
右手に持っていたはずの刀がいつの間にか左手に握られている。
刀を弾き飛ばしたと思ったらいつの間にか手元に戻っている。
読めず、見えない行動。
だが、ついにウィータが押し倒される。
完全に隙だらけな状態となった。
うそ……そんな、そんなことって……すごい、すごいすごいすごい。ここまで考えてるものなの⁉
ウィータの頭上に先程投げた剣が降ってきた。
タイミングは完璧。
勝利を確信して油断したアンドレに向けて降ってきた剣を蹴り飛ばした。
咄嗟に剣を振り抜きアンドレは剣を弾き飛ばした。
だが、立ち上がり距離を詰めてきたウィータの最速の突き攻撃を防げるような位置に振り抜かれた剣は無かった。
放たれる突き、アンドレに防ぐ術も避ける術も残ってはいなかった。
「あ~あ。そんな力業をされたら俺は勝てない」
ウィータの突きを、アンドレは刀を直接掴んで止めた。
「アマデウス様、今ので理解しましたね?体格差はとても重要です。けれど、他の全てを極めれば体格において負けていてもここまで迫ることが出来ます。さぁ、よく見よく学びなさい。全てを貪欲に喰らい全てを越えなさい」
恵まれた者が努力してしまえば関係ない。
けれど、あぁ、格好良いなぁ。
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