第8話 アリスの二つ名が痛い件について

 千を越えるであろうゴーレムが辺りを埋め尽くす。うじゃうじゃと蠢いているその様は、とてもこの世の光景とは思えず、ムンク達はただただ呆然と見渡すばかりである。



「千体って限度あるじゃん……普通、こういうのって十体ぐらい出て登場キャラの見せ場作るもんじゃないの?」

「残念ながらこれは現実よ」

「……」


 アリスは極めて冷静なのに対して、リルムは言葉すら発していない。無理もない。こんなもの戦いなんてレベルじゃない。千体を越えるゴーレムとの対峙なんて、もはや戦争だ。


「ムンク。貴方のお得意の詐欺でどうにかしなさいよ」

「いやいや、僕のはこういうの苦手だからね。むしろ、僕の詐欺能力でここまで敵に遭遇しなかったし褒めて欲しい」


 アリスの散々な言い様にムンクは少し泣いた。

 実際ジークフリート領に差し掛かるまでの数日間、魔物のまの文字すらなかった。普通、街から出れば少なからず魔物には遭遇する。ムンク曰く、存在が無いものと錯覚させるらしい。


「ねぇ、リルムちゃん? 結構凄いことだと思うけどなぁ。褒めるべきだと思わない?」


「……ここは……私が……やる……ない?」


「ありゃりゃ。まぁ、気持ちはわかる」

 ムンクにはリルムが何を言っているのか全く聞き取れなかった。まぁ、現実逃避もしたくなるだろうなと納得することにした。ていうか、ムンクのほうが現実逃避したい模様。


「仕方ないわね。ここは私が引き受けるわ」

「毎度思うけど、その動作必要ある?」


 アリスはその流麗な黒髪をかきあげ、なびかせた。

 その動作にムンクが心ない揚げ足を一言。どこまでも、無粋な男である。



「引き受けるって……この数ですよ? 一人でどうにか出来るとは思えないですけど……」


「まぁまぁ、リルムちゃん。あいつに任しておきなよ」


「で、でも……」


 リルムはムンクが慌てる様子を見せないことに首を傾げる。なにせ、千対一だ。普通に考えればお話にもならない。なのに、ムンクは欠伸までしている始末。


「ーー【全てを見透す者スターゲイザー】の名は伊達じゃないさ」


 ムンクの言葉と共に、アリスの瞳に六芒星が浮かび上がる。


「スターゲイザー!? あのスターゲイザーですか!? あの全ての魔術を扱えるって言う!? 確かにその聖痕ティンクル・アイは噂通りの!?」



「下がってなさい。巻き添えを喰らっても知らないわよ」


 アリスは不敵に微笑む。まるで、この戦力差など朝飯前と言わんばかりだ。

 いや、実際そうなのだろう。


「『解放イグニス』」


「ひっ!?」


 短い言葉とともに轟音。紫電が瞬き、目の前のゴーレムが十数体吹き飛ばされた。

 アリスの手にはただ重厚に思える、黒光りした筒のようなものが握られているだけだ。


「まるで……大砲みたい……」


 リルムは見た。アリスの持つ筒から雷の塊のようなものが発射されるのを。


 そして、アリスは嗤った。子供が憂さ晴らしに蟻を踏むような笑みで。彼女にとって千を越えるゴーレムですら、その程度の扱いにしかならないのだ。


「さぁ、殲滅おそうじを始めましょうか」




 ーーーー



「これで最後ね。『術式展開サージ』『魔弾充填ロード』『座標固定コード』『解放イグニス』!『五十九式雷帝の一撃ファイブナイン・ソール・ハンマー』!!」


 短い詠唱と共に引き金が引かれる。放たれた弾丸は破裂したかと思うと、辺りにありったけの紫電が駆け巡らせた。まるで、落雷とも思えるその一撃は、数百体にも及ぶゴーレム達を余すことなく破壊し尽くす。


「ひぇ……あの数が数分か。相変わらずおっかねぇ魔術だこと」


「う……そ……本当に全部倒しちゃった……」


 リルムは信じられないものを目の当たりにしたかのように震えている。スターゲイザーの噂は聞いていた。その瞳は全ての魔術を見通し、扱える。

 噂通りであれば、彼女にとってゴーレムが数千体だろうと朝飯前なのだろう。噂ではなく、ただ、そこに当たり前のようにある事実が恐ろしかった。



「やったかしら。この程度じゃ歯ごたえが無さすぎるわ」


「ちょっ それフラグ」


「な、なんですか!? この音は?」


 その言葉を言ったらお決まりと言わんばかりに辺りに不穏な空気が流れ出した。

 数百体の残骸がカチカチと震えてぶつかり合う。まるで、大気が揺れているようだ。

 その全てが一点を目指して移動している。


 淀み渦巻き、せめぎ合い。そうして一つの個体が完成する。


「Gyiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



「ちょっ!? そんなのあり!?」



「えぇ、物事には限度ってものがあるでしょ……」


 ムンク達はまた呆然とした。千体ものゴーレムの残骸が集まり一つの個体と化した。その咆哮は天を突き抜けんばかりのもので、ムンク達は思わず耳を塞ぎたくなる。




「あれやばくない? あんなの徘徊してる世界観だっけ?」

「世界観とか知らないわよ」

「いやいやいや、絶対違った。でかい魔物って出てもトロールとかだったじゃん。あれはその倍ぐらいあるじゃん」




 少なくともムンク達が対峙しているゴーレムは10メートルは優に越えている。


「ちょ、ちょっと!? あのゴーレムこっちに近づいてません?」

「あ、これやばいね」

「お得意の詐欺術でなんとかしなさいよ」

「いや、無理でしょ。明らかにレンジが違うし。ていうか僕はあんな化け物と戦うような仕様じゃなんですぅー!」



 下らない言い争いをしてる間にも巨大ゴーレムはゆっくりと歩みを進めている。その一歩は地震となんら変わりない。


 

「ヒイロ君とか連れてくればよかったわね……」

「あぁ、あいつは七色の幼女探しに行くとか言ってたよ」

「一瞬でも粗大ゴミその2に頼ろうとした自分が許せないわね……」


 アリスは頭を抑えため息を吐くが、それどころではない。

 ゴーレムは怒り狂うように拳を空高く振り上げている。



「Gyiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「いやああああああああ!!!!!!!」


 リルムは絶望して泣き叫ぶ。しかし、泣き叫んだところで状況というものは、なんら変化することはない。

 その事実を裏づけるように、その無慈悲な拳は振り下ろされた。


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