第6話 幼女が来た件について


「今度こそ追い詰めたぞ。出てこい!! ムンク=ノースフィールド!!」


 王国の片隅。

 何でも屋と書かれたボロ屋に三十人以上の鎧集団が対峙している。


 その中でも一際、厳つい鎧を纏った男が力強く足を進めた。


 その男、ギース・マクレインは自己を優秀だと自負している。

 家柄もよく、努力も怠らなかった。その結果か齢29という若年で騎士団の大隊長に抜擢。

 しかも、王国騎士団の中でも最高峰と言われている神の獅子アリエルなのだから、その実力は確かなもなのだろう。


 彼は王国からの信頼も厚く、重要人物の護衛を任されていた。

 そんな男が数時間前、重要人物から逃げられた挙げ句、軽薄という表現がおあつらえ向きの不審者にあしらわれることになる。

 到底看過出来ることではなかった。あんなゴミクズにどうにかされるなど一生の恥。


 倍以上の人数を用意して事に望んだ。いくら件の男が大地を更地にしてしまうほどの大魔術師だろうが、ここは街中だ。強力な大魔術は使えないだろう。

 負けるはずがない。



「貴様は完全に包囲されている! 大人しく出てこい!!」


 再三の通告にも応答する気配はない。

 ギースはムンクが怯えて出てこれないのだと判断した。

 そう思うと自然と口端が浮き上がってしまう。

 自己の行動の浅はかさに悔やみ、みっともなく泣き叫んでいることだろう。


 ギースは扉を蹴飛ばすようにこじ開けた。

 そして、彼の目に飛び込んだのは意外な光景だった。



 ボロ小屋の中でも一際大きいテーブルの上に貼り紙置いてある。



『しばらく旅に出ます。探さないで下さいbyムンク』



 そこはもぬけの殻だった。




 ーーーー 


 「あの……なんで私達騎士団を素通り出来たんですか?」


 リルムは理解出来ないように首を傾げている。


 現在、ムンク達は街の大通りを堂々と歩いている。

 騎士団に包囲されていたムンク達だが、簡単に通り抜けてしまった。それも正面ドアから出てだ。 

 去り際、ムンクは大隊長に近づきダブルピースしていたぐらい。アへ顔付きで。


 「ほら、言ったじゃない。僕の祝福特技ギフトは詐欺だって。だから、彼らには僕ら見えないように騙したのさ!」


「どや顔やめなさい。正直キモいわよ」


「暴言やめてね? 心折れるよ?」


 ムンクは軽々しく言っているが、リルムは戦慄した。

 リルムは最初、ムンクの祝福特技ギフトを詐欺と聞いて落胆した。しかし、数回、目にすることでその評価は激変した。

 これは、恐ろしい祝福特技ギフトだ。彼がいれば隠密行動や様様な状況の対応など朝飯前だろう。攻撃魔術などという分かりやすいものではない。

 しかし、むしろこの手の分かりづらいもの方が厄介なのだ。

 リルムはこの偶然の出会いがあったことを神に感謝した。


「ムンクさん!! やはり、貴方しか護衛を頼める方はいません!! どうにかお願いできないでしょうか?」


「えぇ……だから、言ったじゃん。僕は弱いって。まぁ、おいおいね?」


 ムンクは玉虫色の返事をして、現実逃避をした。リルムのキラキラしている視線に耐えられなかった模様。


「そう言えば貴方良かったのかしら? あれ以上騎士団を刺激するのはどうかと思うのだけれど」

「え? いやまぁ、もうね。あいつら脳筋すぎて人間の言語通じないし、しょうがないでしょ」

「わ、私のせいでギース大隊長には申し訳ないです……」


 リルムはムンクとアリスのあんまりな言い様に申し訳なさそうにうつむいた。


「まぁ、そこら辺はまとめてセルディス嬢の所で聞きましょう。あそこなら安全に話せるわ」


「さてと、気が進まないけどセルディスのとこに行きますかねぇ」



 ーーーー





 セルディスの荘厳な屋敷に着くと、ムンク達は既に待ち構えていた執事に案内され迎い入れられた。


 執事に案内された先には、やたらと輝く白銀プラチナの髪を腰まで伸ばした少女が不遜に立ち塞がっていた。その横には護衛役のメイドが立っている。


 ムンクの隠し子とかそういうのではなく。

 何を隠そうこのツルペタ幼女が件のセルディスなのだ。



「クハハハ 待っておったぞ、このゔぉんくらめ!」


 ボンクラとでも言いたいのだろうか。やたら発音にこだわっている所為でムンクには、取り敢えず小馬鹿にされているぐらいしか伝わらなかった。




「おひさしぶりです、セルディス様」


 アリスはムンクとは違い礼儀を心得ている。セルディスを目にするとキチンとお辞儀をして挨拶をした。

 ちなみに、ムンクはボーッと突っ立ってるだけ。


「おぉ、アリス嬢か。良い良い、其方と妾の中だ。そうかしこまることもないだろうに。おっと、そこのろくでなしは最大級の敬意を払えよ? 地べたに額を擦りつけるのも忘れなくな」



「そう、分かったわ」


「セルディスサマー」


「ははっ! こやつめぇ! あまりの気持ち悪さに思わず背筋が凍ったのじゃ」


 あんまりの言い方だが、こんななりをしていて彼女は非常に優秀だ。

 家柄だけでなく王都において 家が展開している様々な事業の全てを一か任されている。

 ムンクにそんな存在と繋がりがあるとは、摩訶不思議なものである。昼間から無職達と集まって酒びたる屑であることを鑑みると、余計に謎は深まるばかりである。


「そして、リルムでいいかの?」

「はい、セルディス様。お久しゅうございます」


 リルムは胸に手を当ててお辞儀をした。貴族の挨拶だ。やはりというか、お互いに顔見知りらしい。ムンクはこの時点で嫌な予感をひしひしと感じている。



「では、リルム嬢よ。よく、ここまで来てくれた。しかしムンク、其方にしては仕事が早いのぉ。今夜は嵐でも来るかもしれんの」

「え? どゆこと」

「なんじゃ偶然の産物か。よくよく考えたら、お主にそんな気の利くような事出来る筈もなし」



「彼女が今回の依頼内容ということですか?」


 ムンクには無理でも、アリスは何かを察したようだ。


「おぉ!  流石はアリス嬢!  察しが良くて助かるのじゃ。そうじゃ、彼女が今回の依頼内容。彼女を友国ジークフリートに連れていって欲しいのじゃ、秘密裏に」


 最後の言葉が不穏すぎる。

 ムンクはゲロ吐きそうになった。なにこれ?あからさまにヤバい依頼じゃん。秘密裏にってなんだよ。



「いやいやいや!! 意味わかんない! だってその国やばいじゃん! 今現在進行形で魔王軍に襲撃受けているところじゃん!!」


「ぼかぁ嫌だからね!? こんな依頼、火にノータイムでダイブしてる虫みたいなもんだからね!?」


「ほぉ? いいのじゃな?」


「え? 何その不安になるような聞き方。聞きたく無いけど聞くしか無いやつじゃん」


 ムンクは泣きそうになった。この流れはいつものパターンだと。大抵セルディスに退路を断たれて、泣く泣く依頼を受けることになるのだ。


「お主やたらと騎士団に敵視されてるからのぅ。今回の件で牢獄にぶちこまれるじゃろ」


「うっ」


「おっと! 銅像粉砕事件もあったのぅ! あれは正直痛快だった! しかし、お主がその粗相をした公爵だがのう。貴族界隈でも相当な厄介者でなぁ」



「この際、暗殺でもするかの? おお! なんと果敢な! 民草達はお主を未来永劫褒め称え、慰霊碑を作ってくれるであろぅなぁ!」 


 この時のセルディスはそれはもう悪い顔をしていた。ムンクにはこのニタニタと笑う幼女が悪魔にしか見えなかった。


 ムンクはちらりと後ろにいる二人に視線を向けた。

 アリスは依頼に乗り気らしく、助け船を出す気配すらない。リルムはこの状況にあわてふためいてるだけだ。

 つまり、どうしようもない。



「はい、受けます……」



 そしてムンクは全てを諦めるように肩を落とすのだった。




 ーーーー



 ムンクがガックリと肩を落として屋敷を去った、その後。

 セルディスは優雅にメイドの入れた紅茶を堪能していた。


「ふむ、やっといったかの」


「そのようですね、お嬢様。全く相変わらず手間のかかる殿方ですこと」


 そう言ってメイドのマリアンは蔑むよう吐き捨てた。


「まぁ、そういうでないよマリアン。あれはあれで中々有用なのじゃよ」


「はぁ、そうはとても見えませんが」


「普段は見るに耐えないんだがのぅ。伊達に勇者パーティーに所属してわけじゃないということじゃよ」


 マリアンは興味ないと言わんばかりに鼻息を鳴らす。


「しかし、遂に永く沈黙を保っていたソロモンの亡霊が動きますか」


「そうじゃのぅ。それだけではないエグリゴリやセラーフィームの連中も黙っとらんだろうな」



「始まるのですね、第ニ終焉セカンドノクターンが」



「まぁ、大丈夫じゃろ。何せムンクーーあの怠惰な詐欺師は神涜者なんて言われとるからの」







 


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