第5話 働きたくないのに厄介事が舞い込む件について



「それでこれはどう言うことかしら?」


 とある王都の片隅にある何でも屋の一室。

 腕を組み、鬼と見間違えるような怒気オーラを纏う黒髪美少女のアリス。彼女の視線の先には我らが主人公ムンクが、詰問されるように正座している。こいつ、本当に主人公か。


 アリスは頭痛をアピールするように額を押さえてため息を吐く。しかし、ムンクはその素振りを気にかける気配すら見せない。


 働きたくない。

 働きたくない。

 働きたくない。


 ムンクの背中からはそんな憐れな無職達の怨霊が叫んでいる。この後に及んでもまだそのスタンスを貫くあたり流石である。

 そして、状況が全く読めない貴族令嬢(暫定)のリルムはただただ慌てふためくのだった。



 ―――



「それで、とりあえずその子を連れてきたわけね。全く紛らわしいわ、誘拐かと思って通報してしまいそうになったじゃない。というか、その無職怨霊? みたいなの出すの止めなさいよ、全く関係ないじゃない」


「ふぅ......また、酷い目にあった。いやぁ、ほら僕のアイデンティティー的なね?」


「そんな自己形成は捨てなさい」


 取り敢えず誤解が解けたようで、ムンクは何事もなかったように正座状態から立ち上がる。慣れているようだ。


「あはは......」


 リルムは部屋の中で比較的綺麗なソファーにちょこんと座っている。

 相変わらず状況が全く読めていないようで、怯えた小鳥に見えなくもない。まぁ、そりゃ見知らぬ所に連れてこられたと思ったら、連れてきた本人がいきなり正座させれるなんて状況だ。誰でもそんな反応になる。


「ていうかちょっと待て。何、僕はそんな犯罪者に見える?  誘拐とかしないからね?」



「あら、見るからに根暗な雰囲気で町中で見かけたら距離を置きたくなるわね」



「ちくしょう! 悪かったね、根暗で!」



「驚きだわ......まさかあなたの脳に自覚の機能があるなんて」



「あー、もう話がすすまないでしょ!」


 当然、リルムはこのやり取りについていけず、苦笑いを浮かべ続けている。


「そうね、あんまり置いてきぼりにしても可哀想だわ。私はアリス。よろしくねお嬢さん」

「リルムです。この度はムンクさんにお世話になりました」

「あら、お世辞なんて言わなくていいのよ。どうせそこの粗大ゴミがまた粗相したのでしょう?」


 思いっきりこき下ろされているムンクだが、本人はなんのその。むしろ、2人の美少女が握手しているのを尊いと呟き微笑んでいる。彼は百合の間に挟まろうなどと野暮なことはしないのだ。


「それで、貴方の依頼は護衛と聞いているわ。だいたい予想はつくけれど、一体どこに行きたいのかしら」

「僕はこの依頼受けたくないんだよなぁ。ていうか、働きたくない。労働ってほんとクソだと思うの」

「貴方は黙ってなさい」


 アリスは蛙を前にした蛇の如き眼光でムンクを黙らせた。ムンクは股間辺りがヒュッとするような感覚がしたそうな。

 リルムは投げかけられた問いに言葉を絞り出すように呟いた。

「魔王軍に占領された友国ジークフリートを助けに行きたいのです」


「んー、それは他の人達に任せたほうが......聞いた話だと神の使途達も出てくるらしいし」


 これはムンクのほうが正しい。アリスも同意見らしく口を挟まない。

 彼女はおそらく貴族の令嬢だ。貴族の令嬢がわざわざ危険地帯に飛び込むこと自体が間違っている。行ったところで出来る事など皆無だろう。

 もしかしたら、魔術の腕に覚えがあるのかもしれないがそれでも無謀だ。魔王軍や神の使徒を前にしたらそんなものはクソの役にも立たない。




「それは......ですが! 友国の! 友人の危機に手をこまねいてなにもしないなどということは出来ません!!!」

「うーん、ていうかお金があるなら僕なんて雇わないでも、もっと強い人いるでしょ。さっきも言ったけど、正直僕はそんな強くないからね?」

「それでも......もう、頼れるのが貴方達しかいないのです......」


 リルムの心境は藁にもすがるといったものだろうか。既にムンクは自分の能力が決して強いものではないと説明までしている。それでも、頼ろうとする辺りもう手詰まりなのかもしれない。


「......」

 ムンクは悩む。本音を言えばこんな依頼受けたくはない。わざわざ戦争している所に飛び込みに行くなど正気の沙汰ではない。

 しかし、こうも必死に頼まれて断るのも少し気が引ける。


「そうね、それならあなた受けなさい」

「へっ?」

「だから、受けろと言っているのよ」


 ムンクはアリスの言葉が理解出来ない。何言ってるのこの子。


「えっ わかってる? 魔王軍がいるんだよ? しかも神の使途まででばってるとか確実にヤバイでしょ。六魔天がいる可能性だってあるんだよ?」

 六魔天は魔王軍が保有する最高戦力とも言われている。彼らのせいで幾つの隣国が落とされたか数えきれないほどだ。そんな化物がいるかもしれない所に行くなんてムンク的にはゲロ吐くレベル。



「いや、あなた先日破壊した貴族像の請求書を思い出しなさいよ」


「うっ」


 唐突にムンクは視界が暗くなるような錯覚に陥った。過去とは振り返ってはいけないものなのかもしれない。現実ってほんとクソ。



「うーん、それを言われると弱いんだよなぁ。大体あの豚公爵......ちょいまち」

「ええ。囲まれているわね」

「え? え?? え???」


 ムンクとアリスは目を合わせてうなずく。


「外見れる?」

「もう見てるわ。三十ぐらいかしら。この鎧......騎士団ね。しかも、上位の」

「よし、逃げよう」


 ムンクは現実逃避した。どう考えても心当たりがありすぎる。リルムを助けた時に適当にあしらった騎士達だろう。


「いいの?余計な誤解を招くことにもなりそうだけれど」

「いやー、騎士とか大体頭スカスカの脳筋だしなぁ。素直に言ってもろくなことにならないよ」


 ムンクはわりと騎士団にきらわれているので尚更である。むしろ、まともに対面しようものならブタ箱にぶちこまれる可能性の方が高い。


「そうね。行く宛は?」

「セルディスのとこ。どう考えても奴が怪しい」

「まぁ、妥当ね」


 元々ムンクはセルディスにジークフリートに行く依頼を受けるよう言われていた。そして、狙ったようにジークフリートに行きたがる少女の出現である。もうこれは狙っているとしか思えない。


「あぁ、クソ。働きたくないなぁ」


 ムンクは悪化する状況にため息を吐く。なんだか手のひらの上で転がされているような感覚だ。嫌な予感しかしない。

 出来ることなら南国まで逃げて、バカンスと洒落こみたいところだが叶いそうもない。ムンクはこの後に及んでも諦めておらず、まだ何とかこの厄介事から逃げれないかと模索するのであった。





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