第3話 バカが空から降ってきた件について
「いてて......くっそ、アイツいつか訴えてやる。って、なんだ? なんかふんずけているような......? うおっ!?」
「貴様あああああ!!! なんたる侮辱!!」
ムンクにのしかかられていた鎧男は激昂して立ち上がった。
「いや、ごめんごめん。不幸な事故だったんだよ事故。決して悪気はなかったんだ。本当だよ? だから、落ち着いてくれると嬉しいなぁ」
男は明らかにブチギレているのに、ムンクはヘラヘラと笑っているだけだ。一応言葉では謝っているのだが、余りにも軽薄に聞こえてしまう。当然言われた側の心境はお察しの通りだ。
「偶然だと!? 貴様軽口も大概にしろ!! どこの派閥の者だ!?」
「はぁ? 派閥ぅ? しいて言うなら自分だけど?」
本来人は何にも縛られず、自己にのみ従っている者だとでも言いたいのだろうか。しかし、ここで求められている答えとしては明後日の方向すぎる。
「何処までもふざけた奴だ!! もういい! まともに話すつもりがないわけだな!」
案の定、鎧男はさらに激昂して、今にも暴れ出しそうだ。
ムンクは困惑しつつも辺りを見回すと、流石に状況が混迷を極めている事を理解できた。
眼前には、軽装だがやたら高級そうな衣服に包まれた美少女。そして、近くで横に倒れてしまった馬車が転がっている。
それに相対しているのは十数人の鎧に包まれた男集団。全体的に統一されたデザインや、所々に王国の紋章が見られることから、十中八九騎士だ。
「えぇ......何この超めんどくさそうな状況......」
中々に酷い絵面だ。
ムンクは己の不幸を呪いたくなった。もうどうなってるのこれ。寝起きのボディーブローから始まり、挙げ句の果てに騎士との厄介事に巻き込まれる。もうこれは呪われているとしか思えない。
「あ、あの! お願いです!! 助けてください!!!」
「貴様ぁ!! さてはお嬢様が勝手に雇った護衛だな!? 余計なことを!!」
しかも、事態はどんどん悪い方向に進んでいく。ムンクの意思は関係なしに。もし、神がいるならもちろん嫌いと断言するだろう。
「はぁ......僕はただ惰眠を貪りたいだけなのにどうしてこうなるかなぁ。あーもう色々どうでもいいや」
「貴様! 何をごちゃごちゃとーー」
「うるさい」
突如、大地に魔方陣が展開される、それも有り得ないほど大きな魔方陣。
その中心には地面に右手をべたりとつけている頼りなさそうな男が一人。
「あーあ。あんまりこれは使いたくなかったんだけどなぁ」
ムンクは大袈裟に溜め息を吐いて不適に笑う。大して力も有るように思えない風貌なのが、逆に妙な不気味さを醸し出している。
「あ、あり得ない!!? 貴様、何者だ!! この規模の魔術をたった一人で展開できるなんて!!?」
「そんなことどうでもいいでしょ? これ以上やるってなら辺りを更地にすんぞ」
「ぐぅっ!?」
そう。あり得ないのだ。この規模の魔術はあり得ない。そもそも、一人で発動出来る規模ではない。百人規模の魔術師が集まってやっと発動できる、
常識的に考えれば単なるはったりだ。
しかし、ムンクの不適な笑み......いや、その行動一つ一つが不気味でそうは思えなくなってしまう。
まるで、本当にそんなことが出来るかのように思えてしまう。
「おっと! 動くなよ? 先に言っとくが僕がもし死んだとしても魔法は発動するように設定してあるからな? まぁ、一緒に地獄に落ちたいっていうな止めはしねーけどさ」
優位性で言えば、ムンクがこの馬鹿げたような規模の魔法が使えたとしても、五分五分と言うところだろうか。
多勢に無勢だ。数で事を押し通してしまえば、どうにかなる状態のはずだ。
しかし、誰も動けない。
この男の不気味さに誰もが足を地面に貼り付けてしまうのだ。
「くそっ!! 撤退だ! 撤退!!」
遂には隊長格であろう男は撤退を宣言した。
「お嬢!! 腕のある護衛を用意したように見受けられる。しかし、我々も仕事! 決して王都からは出しませんぞ!」
「それと、貴様! 貴様の顔は覚えたからなっ!! 次会う時は覚悟しておけっ!!」
「いや、そういうのほんと間に合ってるんでいいです。ほら、騎士様もお忙しいでしょう? 僕なんてボンクラ放って置いたほうがいいですよ」
誰がその騎士の手を煩わせているのだ。
喉元まで出かけた言葉を何とか飲み込む。
騎士達は男の飄々としたもの言いに、苦虫を噛み潰したような表情をして、この場を後にした。
ーーーー
騎士団が撤退して見えなくなった頃。
やっべー
いや、これまじでやばいんじゃないの?
内心、冷や汗をタバダバ垂れ流していたのは遠い過去。
ムンクは何事も無かったかのように、また胡散臭い笑みをこれでもかと浮かべている。
ついでに鼻唄まで歌い出す始末。
「はぁ~疲れたぁ! もうまじで寿命が縮むかと思ったわ。もう一週間は働きたくねー」
そもそも、この男はここ一ヶ月の間ろくに働きもせず食っちゃ寝を繰り返している。もっと働け。
チラリと追われていた少女に視線を向ける。
白を貴重とした神官服。十代前半で肩ぐらいに揃えられた桃色髪に緑色の瞳。人形のように端正な顔立ち。決して出来の良い町娘とは思えず、ムンクは関わったら面倒な部類と判断した。
この子、貴族っぽそうだし関わったらめんどくさそうだなぁ。
そう思ったら、するべき行動は一つだ。即帰宅である。寄り道買い食いはいけません。
「あ、あの!?」
チィッ!
ムンクは露骨に舌打ちをした。もうそれは隠すつもりないぐらいハッキリと。
「な、なにかな~」
呆れるぐらい本当に、子供でも察するレベルの嫌そうな表情で応答するも、少女に効果はまるでない。
むしろ、日頃町中のカップルが別れる様をほくそ笑みながら眺めている系男子のムンクは、あまりの純真無垢な笑顔を返されて、浄化されかけた。
「助けて頂きありがとうございます! 私はリルムと申します。先程の戦闘お見事でした。さぞ高名な魔術師様とお見受けしますが......あ、あの! 護衛をお願い出来ませんか!?」
「えっ 護衛?」
「はい、あなた様みたく強いお方ならぜひ頼みたいのですが。」
「い、いやいや! むりむり!絶対無理!」
「えっと! 待遇面は良くします! なんだったらこの家宝を差し上げても!」
「いやいや、そういうことじゃなくて」
目の前に差し出された淡く光るアクアマリンの宝珠はとてもじゃないが庶民の手に届くようなものではないだろう。
これもらえれば働かないで済みそうだなー。
ムンクは心が大地震ばりに揺れるがなんとか抑える。
そもそも、貴族の令嬢が騎士に追われている時点でろくなことではないのだ。関わらないに越したことはない。
「では何をお望みですか!? よ、夜の相手ですか?」
「は!? え、いやいやいやいや!!」
なんとか断ろうと言葉を重ねていたら、いつの間にか会話が異次元の方向に。
ムンクは童貞なのでこの手の話は糞雑魚なのだ。童貞なので。
「では、どうすれば!?」
「あー、そういうことじゃなくてさぁ。護衛とか僕には勤まらないと思うよ?」
「何をおっしゃいますか! 先程のお伽噺のような魔法はあなた様の強さを表しています!!」
「あれ、ハッタリなんだよね」
「は?」
「だからハッタリ。張りぼてもいいところだよ。結局あれ発動してないでしょ?」
そして少女を絶望へ突き落とす一言
「僕そんなに強くないんだよねぇ」
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