第2話 まっ昼間から飲む酒は何故か最高にうまい件について

「やっぱり働きたくないなぁ......」


 結局、ムンクはセルディスの依頼を受けるのはこの上なく嫌なので、渋々仕事を探すことにした。


「依頼ねぇ......そんなの探してもなぁ......」


 とりあえず冒険者組合が経営する酒場に向かうことにしたようだ。

 大体何らかの依頼が転がってたりするものだ。


 酒場に入ると喧騒に包まれる。



「誰か助けてください! 村に魔物が!!」

「ドラゴン種の討伐の仲間を募集!!!」

「うちのミーちゃんが逃げたしちゃったの!!!」



「ないなぁ」


 ムンクは言い切った。

 この男はめんどくさそうと感じたので今のことをなかったことにしたのだ。鬼畜の所業ともいえなくもない。

 じゃあ、お前はここに何しに来たんだよというツッコミは言わぬが花なのだろう。




「お、ダメ男じゃねーか。こんな昼間からどうした?」



「うへぇ......キールかよ」


 見るからにいかつい男が話しかけて来た。

 恵まれた体型に鍛え上げられた筋肉。かき揚げられた髪は雄々しく、片目につけた眼帯は歴戦の勇姿を想像させられる。


 しかし、彼はこれでも無職である。


「うへぇとはご挨拶だなクソニート」


「お前には言われたくないよ」


 だって、無職だし。


「だいたい人見てうへぇとか言うなよ。傷つくだろ?最近嫁が凄いゴミを見るような視線を投げてくるからきついんだ」

 むしろ当然だ。無職だし。



「自業自得でしょ」

 無職だもの。



「くくっ 違いねぇ! ところでダメ男今から飲みに行かねぇか?」

 キールは特に気にさわった様子もなく、まさかの飲みを誘ってきた。割とキツめの事を言われているのに気にする素振りすら見せない。どんな精神構造メンタルしてんだ。



 ムンクは当然今依頼を探しているわけで、こんな誘いに乗るわけにもいかず、断ろうと強く決心した。



 ーーーー


「あっははは!!! やっぱり昼まっから飲む酒サイコーに上手いなぁ!!!」


 キールはジョッキ一杯に入ったエールを一気に飲み干す。


「それが親の金から生まれた酒なら格別だねぇ!!!」


 ムンクも対抗して一気飲み。満面の笑みである。

 もはや、お酒っておいしーという思考しか脳内にない。依頼探しとは何だったのか。


「お前ら今日も来てんのかよ......いい加減働けよ」

 酔っ払っていると店のマスターが話しかけて来た。この無職達はよくこの酒場でたむろしているので、マスターとも顔馴染みなのだ。ちなみに、ムンクは一応何でも屋をしているのだが、マスターには無職と思われている。哀れ。


「お前らは昼間から呑気でいいよな。隣国のジークフリートなんて今魔王軍の侵略を受けてんのに」


「ジークフリート? 確か前線からはかなり離れてんだろ? それが何でまた」


「いやいやこれが不思議でよお。魔物の軍隊がいきなり現れたんだとよ」


「「ふーん」」


「お前ら興味ねぇな」


 無職達のロクでもない対応に、マスターはゲンナリする。


「だって、昼間から酒飲んでる僕に何しろってのさ」


 ムンクの言葉にキールもうんうんと頷く。こいつらにプライドとか危機感は無いのか。

 一応隣国が攻められている事はここ王国にも火が回る危険性だってあるというのに。

 酒場全体だってこの手の話題ばかりだというのに......所詮は無職という事だろうか。


「というか、いいのか兄ちゃん。昼まっからこんなところで油売ってて。お前のとこのねーちゃんは厳しいだろ?」


「あぁ、アリスちゃんか。しっかし、お前んとこのねーちゃん本当に美人だよなぁ。お前みたいに根暗な糞ブサイクと付き合えるよ」


「言い過ぎじゃ無い?  そこまで言う事なくない? 後、付き合ってないからね? 腐れ縁みたいなもんだから」


「へぇー、俺はてっきりそういうもんだと。まぁ、お前には過ぎたるもんってことかね。かの国一の美少女と名高い【白癒姫スノーホワイト】に匹敵するぐらいだからな」


「いや確かに美人なのは認めるけどそこまでいく? だいたいあいつさ、毒舌がひどいんだよ。しかも、朝なんていきなりボディーブローかましてくるし」


「あはははは!!! そりゃ災難だな!!! 俺らにとって昼までの惰眠はなにより尊いのになぁ!」


「そうなんだよ!! ほんとそこら辺を理解してほしいねぇ! そんなんだとあいつ行き遅れるぜぇ!!!」


「へぇ 誰が行き遅れるって?」

 ん?急に静かになったな。


「誰ってアリスだよアリス。あいつ無駄に容姿は良いくせに性格は壊滅的だからなぁ。だいたいナンパしたやつが泣いて帰ってるしなぁ」


「あいつみたいなパターンだと高望みし過ぎて結局30代越えても結婚できないで釣り合う男がいないとかいってるんだぜ? もう目も当てられなくなるでしょ」


「街の男たちからは密かに氷の女王とか揶揄されてるし。もうこの街じゃ挑むやつすらいないし。いても何にも知らないただの命知ら......」



「そう、ムンクは私にそんなこと思っていたのね」



「あああああ、アリスさん!? い、いつからそこに!!!???」


「そうね、あなたが私のことを毒舌呼ばわりしたところかしらね。氷の女王? とても素晴らしいネーミングセンスね?」


 アリスはニッコリと笑みを浮かべる。


 あ、これダメなやつだ。

 ムンクは全てを諦めた。

 だって、アリスのこめかみにビキビキと血管が浮き上がっている。朝とは比にならないほどだ。



「あー、いやつまり僕がイケメンだったらすぐにでも声かけちゃうほどアリスは美人なのになー。僕がイケメンじゃなくてほんと残念。いや、ほんとイケメンだったらなぁ......」


 ムンクはだらだらと汗を流しながらも、必死に自己の無罪を主張するが無意味でしかない。

 やばい。背中に吹き出る汗が止まらない。何かの病気レベル。


「ムンク」


「はい」         


「言い残すことはそれだけ?」

 それは天使のように慈愛に満ちあふれた声音だった。


「致命傷だけは避けてください」


「様子見に来たら! 酒飲むわ! 暴言吐くわ殺されたいようね! 地のはてまでぶっ飛びなさい!!!!」


 アリスの怒りと連動するように大気が震える。室内なのにムンクの足元を中心に風が吹き始めた。

 ムンクは全てを諦めたように、とても清々しい快晴のような笑顔を浮かべた。また、いつものパターンなのねと。


「ぎゃあああああああ!!!!!!」

 そして、まるで防弾かのごとく空彼方に吹き飛ばされるのであった。



ーーーー


 やや、王国の首都から離れた郊外。

 一人の少女が必死に走っている。

 そして、その少女を追う鎧を全身に纏った集団。

 どうやら、彼女は追われているようだ。

 しかし、追い付かれるのも時間の問題だった。


 そして男女差の能力差は埋めがたく、とうとう少女は追いつかれてしまった。

「さぁ、お戻りになりましょう。お父君もご心配されております」

 男集団のリーダーらしき男が諭すように少女に話しかける。


「い、嫌! 私は行かなきゃ!!」


 そんな時だ、空から彼が降ってきた。というか墜落してきた。

 それはもう盛大というか。大鐘を鳴らすように男集団のリーダーの頭にぶち当たった。


 墜落してきた男は何事もなかったように立ち上がる。なんなのだろうか?

 少女はこの意味不明な光景を一ミリも理解できなかった。



「っ いてて。くそ......あの野郎こんなとこまでぶっ飛ばすことないだろ......ん? もしかして誰かにぶつかった?」



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