第2話

少年は、正義の味方に憧れていた。

ヒーロー、英雄、勇者、超人。そういった超常の存在に、年相応に憧れを抱いていた。


「カッコいいね」

目の前の少女、『神様』は言った。


「私なら、キミを『正義の味方』にだってしてあげられる」


少女が水平に掲げた手を横に振る。

どこからか、鈴のような澄んだ音が響いたかと思うと、いつの間にか世界が色彩を取り戻していた。


「ここは・・・」


元の世界には戻って来たらしいが、そこは少年の知っている場所ではなかった。

見た所、どこかの学校、その校舎の陰になる場所だった。


「見て」

隣に立つ少女が指さす先には、複数の男子生徒がいた。

仲良く笑い合う生徒たち。

その中に、一つの『異物』が混じっていた。


同じ制服を着用しているが、一人だけ泥や砂で汚れていた。

校舎の壁に背をつけ、力なく体を預けていた。

ひとりだけ、笑ってはいなかった。


まだ幼い少年にも、目の前で何が起きているのかは一目瞭然だった。


晒された悪意の矛先が自分に向いたわけでもないのに、少年の精神は恐怖で染まりつつあった。

少年からすれば大人とほぼ変わらない大きな体に、ごつごつとしたその拳を見ただけで、指先は凍ってしまったように冷え、膝は力が入らずがくがくと震えた。


もしも自分に力があったなら。


こんな時、テレビの中のヒーロー達なら。

少年の頭の中に、明確なビジョンが浮かぶ。


しかしこの場に、この世界に、ヒーローなど存在しないことも少年は知っているた。

ここにいるのは一人の非力な少年と、


一人の『神様』だけだった。


「だいじょうぶだよ」


少女は笑う。

そして無造作に、自然な足取りで歩きだした。

誰も少女の姿が見えていないのか、気付くそぶりも無く未だに笑いながら『異物』に向けて携帯電話のカメラを向けている。


その中に一人に少女が触れる。

その瞬間、生徒の一人が音もなくこの世界から消滅した。

まるで、初めからそこに誰もいなかったかのように跡形もなく。


他の生徒が異変に気付くも、あまりにも唐突過ぎて、驚く前に理解が出来ていない様子のまま呆けている。

そんなことにも構うことなく、少女は次々と生徒に触れ、消滅させていった。

あとには独りの『異物』だった生徒だけが残された。


「さて、帰ろっか」


振り返った少女は、一切変わらない笑顔で少年に手を差し伸べた。

言われるがままに少年は少女の手をとる。

気付くとまた、さっきまでの真っ白い空間に二人で立っていた。


意を決して、少年は口を開いた。


「さっきのは、あなたがやったんですか」

「そうだよ」

「あの人たちを、殺したんですか」

「キミはどうしたかった?」


あの時少年の頭に浮かんだのは、悪の怪人を剣や銃で薙ぎ払う、テレビの変身ヒーローたちだった。

人を守る為に拳を振るうヒーローたちと、何が違うのか。

言いたいことはたくさんあるのに、具体的な言葉に出来ずに感情ばかりが頭の中でぐるぐると巡る。


「少しいじわるだったかな」


そんな少年の葛藤を楽しむように、少女がまた笑う。


「こっちに来て。お茶にしよう」


少女が手を翳した先に、純白のテーブルとイスが現れていた。

テーブルの上には湯気の立つティーカップと焼き菓子の盛り付けられた皿がある。

勧められるままにお菓子を口にいれ、紅茶を飲んだ。


「少年」


カップを置いたタイミングで、少女が問いかける。


「私の代わりに、『神様』になってみないか?」


何度目かの少女の問いかけ。ニュアンスの変化に、この時は一切意識が向かわなかった。

この時少年の心の大半を占めていたのは、さっきの生徒を消した少女の行動に対する蟠りと、その後の質問にどう答えるべきだったかだった。

次は、自分は、自分なら。もっと上手に解決してみせる。

そんな決意が少年の中に芽生えつつあった。


「はい」


迷うことなく、少年は応える。


「ありがとう」


少女は笑った。

今までの笑い方との違いに、少年は気が付かない。


「今からキミに神様としての『力』を譲渡します」


少女はイスから立ち上がり、少年の背後にまわって肩に手を置いた。


「目を閉じて、楽にしていて」


言われた通り、目を閉じる。

肩に乗った少女の手の平から伝わるぬくもりが、肘から指先。首からヘソ、爪先まで。徐々に全身へと広がっていくような感じがした。

ぬるま湯に浸かる様な心地良さが全身を包み込む寸前、耳もとで少女の声がした。


ごめんね。


目を開いた時、少女の姿はもうどこにもなかった。

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