第35話:なんでわかったの?

「えっと……俺の上履きを理科室に隠して、手紙を入れたのは……赤坂さん……だよね?」


 廊下の端まで移動して、周りに誰もいないのを確かめてから一匠は瑠衣華に尋ねた。


「う……うん。なんでわかったの?」

「やっぱりそうか。まずはあの手紙、赤坂さんの字だと思った」

「あ……そうなんだ」

「それに中学の頃、一緒に謎解きゲームアプリで遊んだだろ」

「あ……覚えてたんだ」

「そりゃ覚えてるさ。たかだか3か月前の話だろ。で、赤坂さん? なんであんなことをしたんだよ?」


 瑠衣華はまさか”素直ザ・チャレンジ”のために、とは言わないだろう。

 しかしあまりにも突拍子もないことをしてきたし、その意図だけでも聞いておきたい。


「あの……たまたまネットで、久しぶりに謎解き問題を見かけた……」

「それで?」

「し、白井君はあんなの好きだから、喜ぶかな……と思って」


 瑠衣華が本当に一匠を喜ばせようとしたのか、それとも単に”素直ザ・チャレンジ”のためにそんなことをしたのか。


 真実はわからないけれど、いずれにしても遅刻するリスクがあるようなことはやめてほしい。


「あの……赤坂さん」

「ごめんなさい! まさか遅刻しそうになるなんて思ってなかった」


 瑠衣華は顔の前で手のひらを合わせて、深々と頭を下げた。


 ──意外だ。

 瑠衣華があまりに素直に詫びて来て、一匠は驚いた。


 やはり素直に接しようという瑠衣華の思いは本気なのだと、ひしひしと伝わる。


「あ、いや……今日はたまたま寝過ごして、ギリギリに登校した俺も悪いんだけど……」


 一匠の言葉を聞いて、瑠衣華はプルプルと顔を左右に振っている。


「なんとか数分で答えがわかったからいいものの……もっと時間がかかってたら、普通に登校してても遅刻したよね?」

「うん。そこに気づかなかった……」


(気づけよ!)


 ──とは思ったものの。

 しょぼんとしている瑠衣華を見ると、一匠はそれ以上責める気にはなれない。


「まあ……楽しかったよ」

「えっ……?」

「いや、久しぶりに謎解きやってさ。楽しかった」

「白井……君……」

「俺を喜ばそうと思ってしてくれたんだろ? ありがとうな。でも今度またやるなら、放課後とかにしてくれ」

「あ、うん。わかった。ホントにごめん」

「よろしく」


 一匠がそう言って教室に戻ろうとしたら、瑠衣華は慌てて呼び止めた。


「あっ、白井君、待って……」

「ん? なに?」

「あの……数分で答えがわかるなんて、やっぱり白井君は凄いね」


 顔を真っ赤にした瑠衣華は、そこまで一気に早口でまくし立てた。そしてバタバタと走って、一匠よりも先に教室に戻って行ってしまった。


 取り残された一匠は、ぼんやりと瑠衣華の小柄な背中を眺める。


「赤坂さん……素直な気持ちを口にできたじゃないか」


 ──これは瑠衣華の中では、高難度の2ポイント案件なのだろうか?


 そんな、ある意味どうでもいいことが、一匠の頭をよぎった。





 その日の瑠衣華はだいぶん気合いが入っているようで、朝一番の失敗にもめげることなく、午後の授業中にも一匠に声をかけてきた。


 相変わらずぎくしゃくしたものではあったが。


「ちょちょちょっと、消しゴムが見当たらないから貸して」

「ほらよ」

「ありがとう」


 一匠は瑠衣華の握り拳の中に消しゴムがあることに気づいていたが、素知らぬ振りをして貸した。


 周りから見たら不自然ではない程度のコミュニケーションだ。これくらいのことなら、普通のクラスメイトであれば、日常的に行われているやり取り。


 つまり普通に考えれば、たいした出来事ではない。


 しかし今までの瑠衣華の態度からすると、これは意図して一匠とコミュニケーションを取ろうとしているのだと明らかにわかる。


 瑠衣華なりに、かなり頑張っているのだろう。

 ぎごちない話し方と態度からして、そうに違いない。


 それは瑠衣華が本気であることが充分に伝わってくるやり取りであった。

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