第19話:白井君。こんなとこで何してんの?

 一匠がドリンクコーナーに行くと、そこには一人の先客が居た。同じ高校のベージュのブレザー制服を着た女子が、ドリンクマシンに向かって立っている。


 もはや見慣れた栗色のショートヘアと小柄な体躯。その背中に一匠は声をかける。


「あ、赤坂さん」

「えっ……?」


 振り返って、声の主が一匠だとわかると、瑠衣華は

「ふぇっ……?」

 と間抜けな声を上げた。

 驚いた表情もちょっと間抜け。


「あ……いっしょ……あ、いや、白井君。こんなとこで何してんの?」

「カラオケしに来てるに決まってる」

「あ、ああ、そうよね。歌いに来てんだよね」


 そう言えば──と一匠は思い出した。


 中学で付き合ってた時、一度だけ二人でカラオケに行った。二人ともアニソンだけをひたすら歌ってた。


 瑠衣華は結構歌が好きだったのだ。一匠も嫌いではない。そんな二人だから、カラオケ屋で顔を合わせることは、ないこともないと言える。


「白井君は誰と来てるの?」

「田中と鈴木と三人で」

「あ、そうなんだ。私はクラスの女子4人で来てる」

「そっか……」


 瑠衣華は手にドリンクを持ったままつっ立っている。


(こんな所で立ち話をしていて、万が一他の人に見られたら、瑠衣華は困るんじゃないのか?)


 一匠が心配してたら、トイレから出てきた女子が「瑠衣華ぁ~ 行こっか」と声をかけてきた。


「あれ? 白井君?」


 クラスの女子、高木さんだ。

 割と大柄で、豪快な感じの女の子。


「あ、どうも」

「誰と来てるの?」


 高木さんの質問に、瑠衣華が横から口を挟んだ。


「それがね。鈴木君と田中君だって」

「えっ……? そ、そうなの?」

「ああ、そうだよ。それがどうかした?」

「あ、いや……別に……瑠衣華、戻ろっか!」


 高木さんはなぜか焦ったような感じで、瑠衣華の腕を引っ張って、パタパタと立ち去って行く。


 いったいどうしたんだろかと一匠は不思議に思ったが、その謎は5分後に解けた。




 一匠が自分達の部屋に戻ると、鈴木が歌い、田中は曲を選んでいた。


 鈴木が歌い終わると、続いて田中が立ち上がって歌い始める。もう雰囲気はすっかりカラオケモードになっている。


 そこに突然扉が開いて、高木さんがにこやかな顔をピョコンと覗かせた。


「こんちはー お邪魔しまーす」


「あれっ? 高木さん? どうしたの?」

「へへー ちょっとご挨拶」

「ご挨拶……?」


 部屋に入ってくる高木さんを、田中と鈴木がきょとんとして見ていたら、高木さんの後ろから、なんと瑠衣華が入って来た。


「お邪魔します……」

「あっ、あっ、あっ……か、可憐ちゃん……」


 瑠衣華ファンの鈴木が、そりゃもうかわいそうなくらい動揺している。


 いや、だけどこんな所で思いもよらず、大好きな瑠衣華に会えたのだ。かわいそうなのではなくて、きっと天にも昇る気分なのだろう。


(いったい何しに来たんだ……?)


 一匠は訳が分からず、瑠衣華の顔をぽかんと眺めていた。

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