第10話:彼はありがとうと言ってくれました
◆◇◆◇◆
──青島さんを手伝ったら、結構いい人だと思われた。普通のことをしただけなのに。そして恩返しのように、親切にしてもらえた。
(今日はいいことがあった一日だよなぁ)
夕食後の自室で、そんなことを思いながら一匠は恋愛相談サイトを立ち上げる。
もしも相談者が理緒なら、何か今日の出来事に関するメッセージが来ているかもしれない。
(いや、でも相談者が青島さんだなんて可能性は、限りなくゼロに近いか)
変に期待を持つと、そうじゃなかった時の落胆が大きい。だから一匠は期待など持つなと自戒しながら、画面が立ち上がるのを待つ。
しかし、それにしたって、ドキドキと鼓動が収まらない。
相談サイトの画面が立ち上がると、新規のメッセージが届いていることを表す、赤いマークが光っていた。
一匠は慌ててチャット画面を開く。
『えんじぇるさん、昨日はアドバイスありがとうございました。アドバイスどおり、彼に親切にするようがんばりました。その気持ちがちゃんと彼に伝わったかどうかはわかりませんが、彼はありがとうと言ってくれました』
RAさんからのメッセージが届いていた。
それを見て一匠の心臓はドクンと跳ねた。
今日RAさんは好きな相手に、親切にした。そしてその相手はありがとうと言った。
その文章を読んで、一匠の頭には青島理緒の顔が浮かぶ。
(青島さんが教科書を見せてくれて、確かに俺はありがとうと礼を言った。もしや……やっぱり相談者は青島さんで、好きな相手は……俺?)
──いやいやいや。
あり得ない、あり得ない、あり得ない。
クラスで一番人気。
高嶺の花の女子。
そんな理緒が自分を好きだなんてあり得ないっしょ!
と、一匠は頭の中で全力で否定する。
だけど──偶然というにはあまりにも合致する符号が多い。
いや……そんなこともないかと、一匠は思い直す。
隣の席の生徒が教科書を忘れたら、見せてあげようと親切にするのは特に珍しいことではない。
いや、むしろ同じクラスの同級生とすれば、自然な行動だとすら言える。
瑠衣華のように『バカだね』なんて言う方が珍しいのである。
「あ、そう言えば。赤坂さんも親切にしてくれたよな。なんだっけ?」
少し考えこんで、一匠は「ああ、そうだ。消しゴムを拾ってくれたんだ」と思い出した。
(もしや、相談者は赤坂さん?)
一瞬そう考えた一匠だが、即座にその考えを打ち消す。
いやそれは、相談者が理緒であることと同じくらいあり得ない。元カノである瑠衣華は、きっと自分を嫌っているのだから。
(そもそも消しゴムを拾ったくらいで、『彼に親切にするよう頑張った』とまでは言わないよな)
そう考えが至った一匠は、「相談者が赤坂さんだという線は無いな」と呟いた。
ところで──
どういうメッセージを返そうか。
一匠が相談者の書き込み時刻を見ると、もう一時間前だ。今から返事を書いても、彼女はもうすでにログアウトしている可能性が高い。
すぐに見てくれるかどうかはわからないけど、一応返信しておこうと一匠はキーボードに向かった。
『良かったね。それを続けたら、きっと想いは伝わる……と思うよ』
少し画面を眺めていたが、なかなか返事は来ない。やはり今は、RAさんはこのサイトにアクセスしてないようだ。
しかしそれからしばらくして、一匠がチャット画面を見ると返事が書き込まれていた。
『ありがとうございます! えんじぇるさんのおかげです。本当に感謝しています。また何かあれば相談させてくださいね』
RAさんは喜んでくれているみたいだ。
その文章を見て、一匠も嬉しく感じる。
『はい。いつでも相談してください』
RAさんとは誰なのか。
高嶺の花、青島理緒。
元カノ、赤坂瑠衣華。
それともまったく別の第三者。
誰なのかわからないけれど、相手が喜んでくれているという事実だけでいいじゃないか。
今はそこは、あまり気にしないようにしよう。
そんなことを考えながら、一匠はしばらく画面を眺めていた。しかしもう返事が書き込まれる素振りはない。
そしてその夜は、それからもう画面が動くことはなかった。
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