95-2

「想いが成就したタイミングで、我等からなくなったもの、だと……?」

「なあ、それって……」

 叔母さんから明かされた真実を前に、まず『快』と『χ』が戸惑いの声を上げる……その様子からして、見当がついていないというよりは、上手い表現が見つからないという方が近そうだ。


「つまり……『約束』が半ば叶ったことで、俺たちは色々とと――そういうことを言っているのか?」

「……それでいいか? 叔母さんかーさん

 それを捕捉するように『戒』が口を挟み、『乖』が改めてその成否を問う。


「ああ、そうだ。それを表現する言葉は色々とあるだろう。だが、もっとも分かりやすい言葉を使うなら――現世に対する『未練』とでも呼ぶべきか」

 返された肯定の言葉により……『条件』を満たす定義が明らかになるのだった。


 ――まあ冷静になって考えてみれば、さもありなんという話ではある。

 以前から説明されている通り、『おれ達』という存在の区別をしているのはそれぞれが個別に持つ『記憶』による所が大きい。

 そしてその最も深い所にあるものが、各々の約束の子との想い出であり……その際に交わした『約束』である。

 そう考えれば――『それ』を果たすこと、または果たすに近い行為によって各人格の『存在意義』が弱まるというのは、理屈としてはそれなりに筋が通っていた。



「そんな……」

「じゃあ、このままだと生き残るのは、『魁』ってこと……?」

 そして、理屈が通っているのであれば――人はそれを受け入れざるを得ない。


「まあ、そういうことになるな……それだけじゃない。これだけ数値に差が出ていると、期限である『一年』を待たずに『統合』が行われる可能性もあり得る」

「な……っ!?」

 そう、例えその事実が――自身にとって受け入れ難いものだったとしても。

 




「ふざけるんじゃないですわよ!!」

 だが……いくら理屈でわかっていても感情がそれを許さない、ということがあるのもまた事実だ。


「ルナちゃん……?」

「なんですの、それ!? じゃあなんですか……わたくしとの『約束』を叶えたせいで、『快』様が消えてしまうとでもいうのですか!?」

 実際、自身の望みを絶たれて尚冷静を保つことなど、並の人間になかなかできることではない。

 


「ルナ……」

「ルナさん……」

「そんな……いきなりそんなことを言われて、納得ができるものですか!」

 それは特に、彼女ルナちゃんのような直情的な性格をしている人間なら尚のことだ……それは別に、彼女の精神が未熟だとかそういうことを言っているわけではない。

 この子の場合反応が表に出やすいという、ただそれだけの話であり……他の子達だって意気消沈していることは、その表情を見れば明らかなのだから。





「おい、『魅』……」

 そして『彼女たち』に耐えられないことが……他人格こいつらに耐えられるのか?


「……なんだよ、『乖』?」

「お前……知っていたな?」

 その問いに対する『答え』は――すでにただ冷静さを保つだけで精一杯なことが見て取れる『乖』の様子からも、明白であった。



「……よくわからねえな。なんのことだ?」

「とぼけるな! お前……知っていてように動いていたんだろう!?」

「『乖』……?」

「ぬ、どういうことだ?」

「知っていたって……何をだよ?」

 問われた言葉に肩をすくめて答えると、それが癪に障ったのか『乖』が語気を荒げておれを問い詰め始める……状況が掴めない残る三人は、ただただ困惑するばかりである。



「こいつは、知っていたんだ――『条件』が、何なのかを!」

「え……!?」

「なんだと!?」

「待て、それって……!」

 だが続く発言を聞き――奴らも『乖』が何に憤っているのかを悟る。



「流石に今日出たこの『数値』については初見だろう……だが、それ以外については――『そう』でなければ色々なことに説明がつかない」

「……」

 絞り出すように発された『乖』の言葉に、無言で応える。

 ――ったく、ホント嫌になってくるぜ。こいつの鋭さにはよ。



「ああ……そうだよ」

 そうして観念したおれは……その『問い』に肯定の言葉を返す。



「知っていたさ……ずっと前からな」

「お前……!」

「『魁』、てめぇ……」

「貴様……!」

 そう、知っていた。だからずっと……に動いてきた。


「おっと、非難したきゃすればいいけどよ……ちゃんと自分の身に振り替えて考えてからにしてくれよ?」

 だが……それの何が悪い? 

 自分だけが知り得た、自分が生き残るための情報。


「自分だけが『条件』を知ったとしても――『同じ行動』を取らないと言い切れるようになってからな!」

「――くっ!」

 そんなものをご丁寧に他の競争相手に教えてやるなんていう脳内お花畑なヤツは、自殺願望者か、あるいはまともに損得も考えられやしないただのバカのどちらでしかない。それがわかっているから――『他人格こいつら』も、おれの言葉に言い返すことができないのだ。



「……だが、なぜだ? なぜお前だけが『条件』に関する記憶を独占できた? 僕たちの記憶は基本的に『共有』されている筈だ。サトルに関する記憶ならともかく――『これ』はそうではないだろう!?」

 話を逸らすかのように、『乖』が質問を重ねる……まあその疑問自体は至極当然のものではある。


「あぁ? そんなの決まってんだろう。お前らにはできなくても……おれにはできるんだよ」

「なに……?」

 尤もそれは――今まで『他人格こいつら』に明かされてきた情報が、全て『真実』であればの話だ。



「なあ、『戒』……おれ達の『主人格』はお前だって、前に教えたよな?」

「は? なんでそんな話を今更……って、おい。まさか!?」

「その通りさ。お前が『主人格』だなんていうのは……とんだ嘘っぱちさ」

 こいつらに――それが本当に『真実』だなどとは、おれはただの一度も言った覚えはない。



「『池場谷カイ』の本当の『主人格』は……このおれなんだよ!!」

 それらはすべて――『おれ』という存在が生き残るために語った『嘘』に過ぎなかったのだから。

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